以前の記事「UPCはProblem Solution Approachを捨てたか?」ではUPCは進歩性判断の際にドイツのアプローチを採用し、欧州特許庁のProblem Solution Approachを採用しない方向に向かっていると説明しました。
これに対してミュンヘン地方部が2025年4月4日の判決(事件番号UPC_CFI_501/2023)で異なる方向性を示しました。
より具体的には当該判決でミュンヘン地方部以下のように「進歩性判断の際には原則Problem Solution Approachを採用すべき」と言及しました。
For assessing whether an invention shall be considered obvious having regard to the state of the art, the problem-solution approach developed by the European Patent Office shall primarily be applied as a tool to the extent feasible to enhance legal certainty and further align the jurisprudence of the Unified Patent Court with the jurisprudence of the European Patent Office and the Boards of Appeal.
和訳:
発明が当業者にとって自明であるかどうかを先行技術に基づいて評価する際には、法的安定性を高め、統一特許裁判所の判例と欧州特許庁の審判部の判例との整合性をさらに高めるために、可能な限り、欧州特許庁が開発したProblem Solution Approachを主たる手法として適用するものとする。
当該事件でミュンヘン地方部はClosest Prior Art(realistiv starting point)に対する差異的特徴に基づく技術的効果を丁寧に特定し、進歩性判断の際に重視しています(判決文72、79ページ参照)。このClosest Prior Artに対する差異的特徴に基づく技術的効果を重視するスタイルはProblem Solution Approachの本質的特徴です(過去の記事「Problem Solution Approachの3つのステップ」をご参照ください)。
一方でこれまでのUPCの判決ではClosest Prior Artに対する差異的特徴に基づく技術的効果はほとんど進歩性判断の際に参照されていません。つまり本判決は明らかにこれまでのUPCの判決とは方向性が異なります。
これはUPC内で進歩性判断のアプローチが統一されていないことを示唆します。
確かに進歩性がドイツのアプローチに基づいて判断される、かそれともProblem Solution Approachに基づいて判断されるかは結果的には重要でないという意見もあります(例えばUPC_CFI_54/2023やDeichfuss, GRUR Patent 2024, 94)。しかし例えばシナジー効果などの特殊な効果が発明の技術的効果として主張される場合、ドイツのアプローチとProblem Solution Approachとで結果が異なり得ます(過去の記事「欧州では発明に相乗効果があれば進歩性はほぼ確実に認められます」および「ドイツでは発明に相乗効果があっても進歩性が否定され得ます」をご参照ください)。
このためUPCが進歩性判断の際にドイツのアプローチを採用するかそれともProblem Solution Approachを採用するかは非常に重要な問題だと私個人的には思います。
UPCが進歩性判断の際にどのようなアプローチを採用するかを今後も注視したいと思います。