EPOは抗体医薬発明でCDRだけでなくフレームワーク領域の特定も求めてくることがあります

欧州特許庁の実務において、新規な抗体を6つのCDR配列で特定することは一般的です(例えば以前の記事「EPOのガイドラインに基づく抗体の特定方法」をご参照ください)。しかし、進歩性の議論で先行技術に対する定量的な改善(例えば結合親和性の向上)を技術的効果として主張する場合、CDRのみの特定では不十分とされることがあります。

今回は、技術的効果がクレームの全範囲で達成されているとは言えないとして、CDRのみで特定された抗体クレームの進歩性を否定した欧州特許庁の審判部の審決T 1628/16を紹介します。

I. 背景

本件特許クレーム1

重鎖および軽鎖を含む単離されたモノクローナル抗体であって、当該抗体が特定の6つのCDR配列(配列番号1等の特定配列)を備える抗体(フレームワーク領域の特定は無し)。

先行技術(Closest Prior Art)

R&D Systems社の抗ヒトGITR抗体(クローン110416)。

進歩性における特許権者の主張

本件特許のクレーム1に記載の抗体は、6つのCDR配列が先行技術と異なる。この違いによる技術的効果は、先行技術に対して約10倍の結合親和性が向上している。フレームワーク領域を変更すると親和性が低下する可能性があるが、低下したとしても先行技術の2 倍以上の親和性を維持する。

II. 論点

結合親和性の向上という技術的効果は、任意のフレームワーク領域を含み得るクレーム1の全範囲(全実施形態)において達成されていると言えるか?

III. EPO審判部の判断

結合親和性の向上という技術的効果は、任意のフレームワーク領域を含み得るクレーム1の全範囲(全実施形態)において達成されていると言えない。

IV. 審決文の抜粋

“14. However, in its general disclosure, ie the disclosure summarising the prior art, the patent corroborates the disputed common general knowledge that framework regions influence an antibody’s binding affinity.”

和訳:「14. しかしながら、一般的な開示、すなわち先行技術を要約した開示において、本特許は、フレームワーク領域が抗体の結合親和性に影響を与えるという、当事者間で争いのある一般的な技術常識を裏付けている。」

“15. …Changing or substituting residues in the selected human framework regions, i.e. “backmutations”, may be required “so as to preserve the binding affinity of the humanized antibody” (paragraph [0181]).”

和訳:「15. …選択されたヒトフレームワーク領域における残基の変更または置換、すなわち『バックミューテーション』は、『ヒト化抗体の結合親和性を維持するために』必要となる場合がある(段落[0181])。」

“18. The board thus holds that, contrary to the appellant’s argument, not all embodiments of the claim achieve the technical effect of an increased binding affinity.”

和訳:「18. したがって審判部は、特許権者の主張とは異なり、クレームのすべての実施形態が向上した結合親和性という技術的効果を達成するわけではないと判断する。」

V. 解説

欧州における抗体のクレームドラフティングにおいて非常に参考になる審決です。

欧州特許庁が採用するProblem Solution Approachでは、主張する技術的効果がクレームの「全範囲(over the whole scope)」で達成されていることが進歩性の要件として厳格に求められます(過去の記事「どんな場合に課題が単なる代替物の提供と認定されてしまうか」をご参照ください)。抗体の技術的効果が、先行技術にはない新たな抗原への特異的結合など「定性的」な効果であれば、CDR配列のみの特定であっても、当該効果がクレーム全範囲で奏されると認められやすい傾向があります。

しかし本件のように、先行技術の抗体よりも「結合親和性が高い」といった「定量的」な効果を進歩性の根拠として主張する場合、フレームワーク領域の種類によっては定量的な効果が大きく低下する可能性があるため、CDR配列のみの規定では「クレームの全範囲で効果が奏されない」と判断されるリスクが高まります。

したがって、結合親和性の向上などの定量的な改善を技術的効果とする場合は、CDRの特定だけでなく、好ましいフレームワーク領域や可変領域全体も特定したクレームを従属クレームや別個の独立クレームとして用意しておくことが好ましいです。

一方で定量的な改善を技術的効果とする場合であってもフレームワーク領域を特定しないで技術的効果が認めてもらえるクレームの書き方があります。このようなフレームワーク領域を特定しないクレームの書き方についてはまた別の機会に解説したいと思います。

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