欧州ではクレームに効果を書かない方がよいです

発明の効果に関する特徴をクレームに加えるか否かは日本ではよく議論されます。しかし欧州では効果をクレームに書いてしまうと出願が拒絶または特許が取消になるリスクが高まるのでお勧めできません。以下、なぜ効果をクレームに書いてしまうと拒絶・取消になるリスクが高まるかを説明します。

I. 背景

効果をクレームに書くことの是非を議論する前に、欧州特許庁では効果がクレームに記載されている場合とそうでない場合とで取扱いがどのように異なるかを理解する必要があります。この効果の取扱いについては拡大審判部の判決G1/03で議論され、以下のように決定されました。

If the claimed invention lacks reproducibility, this may become relevant under the requirements of sufficiency of disclosure or inventive step. […] If an invention lacks reproducibility because its desired technical effect as expressed in the claim is not achieved, this results in a lack of sufficient disclosure, which has to be objected to under Art. 83. Otherwise, i.e. if the effect is not expressed in the claim but is part of the problem to be solved, there is a problem of inventive step.

和訳
クレームに係る発明の再現性が無い場合、開示要件又は進歩性の問題となる 。[…] クレームに記載された望ましい技術的効果が得られず、発明に再現性が無い場合は、EPC83条の下、開示要件を満たさないとして拒絶される。一方、 効果がクレームには記載されず、解決すべき課題の一部として記載されている場合には、進歩性の問題となる。

つまりG1/03によれば発明の効果が怪しい場合、効果がクレームに記載されている場合はEPC83条の開示要件(実施可能要件)の問題となり、一方で効果がクレームに記載されていない場合はEPC56条の進歩性の問題となります。ここで「効果が怪しい」とは効果がクレームの全範囲に亘って得られないことを意味します(例えば、T0172/92、T939/92)。

以下に架空のモデルケースを用いて効果がクレームに記載されている場合とされていない場合に分けて出願・特許がどのように取り扱われるかをさらに詳細に説明します。

II. 効果がクレームに記載されている場合

クレーム:

420~490nmの範囲に発光スペクトルのピークを有するLEDチップと、
前記LEDチップの近傍に配置された透光性樹脂と、
ガーネット構造をとると共にセリウムを含有するフォトルミネッセンスの蛍光体と、
を有する白色の光を発光可能なことを特徴とする発光ダイオード。

明細書の発明の課題:

白色の光を発光可能な発光ダイオードを提供すること。

備考:

異議において異議申立人の実験によりLEDチップの発光スペクトルのピークが480nm以上である場合、白色ではなく緑色の光しか発光できないことが証明された。

解説:

本クレームにおける「白色の光を発光可能」はまさに効果に関する記載になります。さらに異議申立人が実験によりクレームの範囲内で(LEDチップの発光スペクトルのピークが480nm以上である場合)に効果の再現性がないことが証明されました。つまり本件ではクレームに記載された効果がクレームの範囲内で再現性が無いことが証明されたことになります。したがってG1/03に従い本件はEPC83条の開示要件(実施可能要件)を満たさないことになります。

当該瑕疵を治癒するためには例えば補正によりLEDチップの発光スペクトルのピークを430nm~470nmに限定して緑色の光を発光してしまう480nm以上を除くことが必要になります。一方で出願当初書面にこのような補正のサポートが無い場合は、当該瑕疵を治癒できず特許が取消となってしまいます。

日本ではこのような指摘がされた場合「白色の光を発光可能」を効果としてではなく構成として捉え「クレームが特定しているのは420~490nmの範囲に発光スペクトルのピークを有するLEDチップのうち白色の光を発光可能なLEDチップであるため実施可能要件の問題とはならない」と反論されることが多いと思います。

しかし欧州特許庁ではクレームとは効果でなく効果を達成するための手段を特定するためのものという考えを基本とするので当該主張は残念ながら効力がありません。

III. 効果がクレームに記載されていない場合

クレーム:

420~490nmの範囲に発光スペクトルのピークを有するLEDチップと、
前記LEDチップの近傍に配置された透光性樹脂と、
ガーネット構造をとると共にセリウムを含有するフォトルミネッセンスの蛍光体と、
を有する白色の光を発光可能なことを特徴とする発光ダイオード。

発明の課題:

白色の光を発光可能な発光ダイオードを提供すること。

備考:

異議申立人の実験によりLEDチップの発光スペクトルのピークが480nm以上である場合、白色ではなく緑色の光しか発光できないことが判明した。

解説:

本クレームでは「白色の光を発光可能」はクレームには記載されておらず明細書における課題としてしか記載されていません。このため効果の再現性がないことが証明されたという状況は同じであるもののEPC83条の開示要件(実施可能要件)の問題ではなくEPC56条の進歩性の問題として処理されます。

より具体的にはこの場合「白色の光を発光可能」という効果は進歩性の判断において無視されます。しかしProblem Solution Approachに従いClosest Prior Artに対して例えば「消費電力が抑えられる」や、「ダイオードの寿命が長い」といった別の効果が主張できる場合は、補正無しでも進歩性が認められ得ます。つまり補正なしでも特許の維持が可能な場合があります。

IV. まとめ

このように効果がクレームに記載されていない場合と比較して効果がクレームに記載されていると実施可能要件により拒絶・取消になるリスクが高くなります。また欧州では効果に関する記載は原則構成としては認められません(医薬用途発明を除く)。つまり欧州では効果をクレームに書くことのデメリットはあってもメリットはありません。

このため欧州向けの出願ではクレームドラフトの際に効果に関する特徴を極力クレームから除くをことをお勧めします。

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