[EPC83条]パラメータの測定方法の欠如が実施可能要件違反となる場合[T 0593/09]

クレームに記載されたパラメータの測定方法が明細書に記載されていない場合、通常はEPC84条に基づき不明確と指摘され、EPC83条の実施可能要件の問題とはなりません。しかし特定の条件下ではクレームに記載されたパラメータの測定方法が記載されていないことはEPC83条の実施可能要件の問題となることがあります。

パラメータの測定方法の欠如がEPC84条の明確性の問題となるか、EPC83条の実施可能要件の問題となるかは実務上非常に重要です。なぜならEPC84条の明確性違反は異議理由とはならないのに対し、EPC83条の実施可能要件違反は異議理由となるからです。

本記事ではどのような場合にパラメータの測定方法の欠如がEPC83条の実施可能要件と問題となることを示したマイルストーン的判例であるT 0593/09を紹介します。

I. 背景

1.対象特許のクレーム1の記載

「130~165℃の低温結晶化温度を有するポリエチレンテレフ夕レート樹脂からなる 2軸配向性フイルムを、 金属板の少なくとも片面に熱融着法を用い て被覆してなるポリエチレンテレフ夕レート樹脂被覆金属板。」

2.対象特許の明細書の記載

「本発明は、 絞り加工、 絞りしごき加工、 薄肉化絞り加工、 さらに、 薄肉化絞り 加工後しごき加工が施されるような、 厳しい加工が施される用途に適用可能な、 極めて高い加工性を有するポリエチレンテレフ夕レート樹脂被覆金属板を提供す ることを目的とする。」

「本発明においては、130~165℃の低温結晶化温度を有するポリエチレン テレフタレート樹脂からなる2軸配向フィルムを金属板に熱融着することにより、 密着性および加工性と、 耐透過性および耐衝撃性とを両立するような配向構造を 有するポリエチレンテレフ夕レート樹脂被覆金属板が得られることが可能となった。」

低温結晶化温度を測定する際の加熱速度に関する記載は無し。

3.提出された証拠

A3
「ポリエチレンテレフ夕レート樹脂の低結晶化温度は測定時の温度を2℃/分から16℃/分に変えると約21℃変動する。」

D7
加熱速度16℃/分で樹脂の低結晶化温度を測定する方法を開示。

D9
加熱速度10℃/分で樹脂の低結晶化温度を測定する方法を開示。

4.特許権者の主張

当業者は通常、加熱速度20℃/分で樹脂の低結晶化温度を測定する。

II. 決定

対象特許はEPC83条における実施可能要件を満たさない。

III. 決定の理由の抜粋(和訳)

段落2.3
「対象特許の課題、すなわち、金属容器に成形するのに適した、剥離性、浸透性及び耐衝撃性に優れた安価なポリエチレンテレフタレート被覆金属板を得るためには、クレーム1が要求する130~165℃の低結晶化温度が決定的であることは、対象特許から明らかである。」

段落2.5
「A3から明らかなように、低結晶化温度を測定するための加熱速度を2℃/分から16℃/分に変更すると、低結晶化温度の得られる値は21℃近くシフトしている。これは、同じポリエチレンテレフタレートであっても、加熱速度によって低結晶化温度温度が21℃以上変化することを意味し、この変化はクレームされた低結晶化温度範囲(130~165℃)の60%以上に相当する。」

段落3.4.3.
「審判請求人は、D7では、低結晶化温度とは別に、測定が困難なガラス転移温度も測定するため、例外的に20℃/分以下の加熱速度が用いられたと主張した。しかし、この主張には何ら証拠がなく、この点のみをもって審判請求人の主張は失当といわざるを得ない。」

段落3.4.4.
「D7およびD9は、単一の加熱速度ではなく、16℃/分と10℃/分という2つの異なる加熱速度を開示しており、いずれの加熱速度も、審判請求人によって本件対象特許において適用されるべきものと主張されているもの、すなわち20℃/分とは異なるものであった。」

段落3.6.
「低結晶化温度が適用される加熱速度に強く依存するという事実、そしてどのような加熱速度を適用すべきかについての示唆の欠如に鑑み、当業者は、所望の剥離、浸透及び衝撃抵抗を得るために、所定のポリエチレンテレフタレートフィルムが対象特許に従って必要とされる低結晶化温度を有するかどうかを確認することができない。したがって、「加熱速度」パラメータが不明確であるため、肝心の低結晶化温度が非常に不明確(so ill-defined)であり、当業者は、対象特許に基づく発明を実施しようとする場合、その剥離性、浸透性及び耐衝撃性について個々のポリエチレンテレフタレートを試験しなければならない状況に置かれることになる。市場には、異なる特性を有する多数のポリエチレンテレフタレートがあり、さらに、異なる反応条件又は触媒を用いて合成できるポリエチレンテレフタレートが多数あることからすると、これは、対象特許で扱う問題を解決するのに過度の負担となる。」

段落4.1.4.
「クレームに定義が不明確なパラメータが含まれ、その結果、当業者がクレームの範囲内で作業しているか範囲外で作業しているか分からない場合、それ自体は、EPC83条の要求する十分な開示を否定する理由とはならない。[…]EPC83条の意味における不十分さを立証するために決定的なことは、EPC83条の意味における不十分さを立証するために決定的なことは、特定のケースにおいてパラメータが非常に不明確(so ill-defined)であり、当業者が、開示全体に基づいて、かつ技術常識を用いて、対象特許の基礎となる課題を解決するために必要な技術手段(例えば、適切な化合物の選択)を(不当な負担なしに)特定できないないかどうかである。」

IV. コメント

T 0593/09はこの判決の以前まで不明確であったパラメータの測定方法の欠如の際におけるEPC84条とEPC83条との境界線を明確したという点で重要な判決です。T 0593/09から導き出せるパラメータの測定方法の欠如がEPC83条の実施可能要件の問題となるための条件は以下の通りです。

(1)パラメータが課題解決に決定的である。
(2)測定方法によってパラメータが変動するという証拠がある。
(3)測定方法によって変動するパラメータの変動幅が大きい。
(4)いわゆる一般的な測定方法というものが存在しない。

このため異議申立人の立場からパラメータの測定方法の欠如に基づきEPC83条の実施可能要件を攻撃したい場合は上記(1)~(4)を立証することが必要です。一方で特許権者が異議でパラメータの測定方法の欠如に基づく実施可能要件違反の攻撃を受けた場合は、上記(1)~(4)のいずれか1つが成立しないことを立証できれば、EPC83条の実施可能要件違反を免れ得ます。

また出願人の立場からはクレームに測定方法によって値が変わるパラメータを含める場合は必ずその測定方法を詳細に明細書に記載すべきです。このような測定方法によって値が変わるパラメータの例には本件の低結晶化温度以外にもガラス転移温度や粘度なども挙げられます。

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