欧州特許庁の審査過程では日本のようにいきなり拒絶査定がなされることがなく、口頭審理の召喚状が発行され、口頭審理において出願人に口頭で特許性を主張する機会を与えてから拒絶査定がなされます(EPC116条)。
口頭審理の召喚状は通常、口頭審理の日程の4~6月前に送付され(ガイドラインE-III, 6)、そして口頭審理の日程の1~2月前までに出願人に最後の意見書および補正書を提出する機会が与えられます(EPC規則116条(1))。
欧州特許庁の審査過程における口頭審理の召喚状は審査部が書面審査をこれ以上続けても特許査定を出せないと判断した時点で発行されるため、書面審査における実質的な拒絶査定とも言われています。このため審査過程において口頭審理の召喚状が送付された時点で権利化自体をあきらめる出願人も多いと聞きます。
しかし口頭審理の召喚状が来たからといってあきらめてはいけません。私の経験では口頭審理の召喚状が送付された後であっても5割以上の確率で審査部の判断を覆し、特許査定を得ることができるからです。
以下に欧州特許庁の審査過程において口頭審理の召喚状が送付された後であっても特許査定を得るために取るべき措置を説明します。
1)審査官に非公式の補正案のレビューのお願いする
口頭審理の召喚状が来た後に直ぐにすべきことは審査官に非公式に補正案のレビューを願いすることです。このタイミングで審査官に非公式に補正案をレビューしてもらうことが出来れば口頭審理前の正式な意見書および補正書の提出期限前に特許査定が得られることがあります。
審査官に非公式の補正案レビューのお願いする際に気を付けるべきことは、出願人に口頭審理を避けたい意図があることを審査官に伝えることです。
口頭審理というのは審査官にとっても負担が大きい手続きです。このため実は審査官も口頭審査には乗り気でないという背景があります。したがって出願人も口頭審理を避けたい意図があることを伝えると、審査官の協力が得られる可能性が高まります。
2)複数の補正案を送る
審査官から非公式な補正案レビューの許可を得られた後は、複数の補正案をメール経由で審査官に送付します。
審査官は情報を小出しにされることを嫌いますので、この時点で考えられる補正案は全て一括で提出することをお勧めします。また以前の記事「補請求(Auxiliary Request)の実務についてよくある誤解4点」でも説明しましたが、補正案の方向性はバラバラにするのではなく出来る限り一方向に収束するようにすべきです。
補正案を提出した後1月後ぐらいに審査官から補正案に対するフィードバックが得られます。私の経験上、ここで3~4割程度の確率でいずれかの補正案を許可可能とするフィードバックが得られます。
審査官が許可可能と判断した補正案がある場合は、その補正案を正式に庁提出し口頭審理の請求を取り下げれば口頭審理が開催されることなく特許査定が得られます。
3)最後の足掻き 正式な意見書および補正書の提出
審査官による非公式な補正案のレビューで許可可能な補正案に到達できなかった場合であってもあきらめる必要はありません。まだ口頭審理前の正式な補正書および意見書の提出機会が残されているからです。このため審査官による非公式な補正案レビューの内容を踏まえて、方向性を変えた補請求やさらなる特徴を追加した補請求を正式に庁提出します。
またその際に提出する意見書では「審査部が許可可能な補請求があると判断した場合は口頭審理の請求を取り下げる準備がある」ということを述べます。
意見書で口頭審理の請求を取り下げる意図があることを明らかにすることで口頭審理の開催前に審査部から電話等で補請求に対するフィードバックが得られます。私の経験上、ここでまた3~4割程度の確率でいずれかの補請求を許可可能とするフィードバックが得られます。
そして審査部が許可可能と判断した補請求がある場合は、その補請求を主請求として再度正式に庁提出し口頭審理の請求を取り下げれば口頭審理が開催されることなく特許査定が得られます。
一方でここまでやっても許可可能なクレームに到達できなかった場合は仮に口頭審理に参加しても特許査定が得られる可能性はかなり低いです。このためこの場合、権利化自体を断念したりして余計なコストの発生を抑えることも一つです。
4)まとめ
上述した1)~3)の工程を経ることで口頭審理の召喚状が送付された後であっても審査部の判断を覆し特許査定に到達できる勝算は十分にあります。
一方で、上記1)~3)の工程は口頭審理への参加自体ほどではないもののそれなりの代理人費用が発生します。
このためコストパフォーマンスの良い権利化の観点から好ましいのはやはり口頭審理の召喚状が発行されること自体をできるだけ避けることです。私の経験上、2回目のOAに対応した後にまだ落としどころが見えない出願について次のOAで口頭審理の召喚状が送付される傾向があります。このため口頭審理の召喚状の発行を避けるためには2回目のOAの対応時までに落としどころを明確にしておくことが好ましいです。
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