欧州特許庁における進歩性の議論では主文献に対する有利な技術的効果を立証し、当該技術的効果に基づくambitiousな客観的技術的課題を主張し、客観的技術的課題がtrivialな「単なる代替物の提供」と認定されることを防ぐことが定石です(進歩性における客観的技術的課題って何?という方は過去の記事「Problem Solution Approachの3つのステップ」をご参照ください)。
しかし私個人の経験から特殊な場合においては、客観的技術的課題を「単なる代替物の提供」としたほうが進歩性が認められやすいことがあります。以下例を参照しながら説明します。
例:
本願発明:
クレーム:
A、B、Cを含む合金。
明細書:
本発明の合金はA、BにさらにCを添加したことを特徴とする。発明者は合金にCを添加することにより合金の強度が向上することを発見した。また以下の実施例によってもCの添加により合金の強度が向上したことが示される。
主引例(Closest Prior Art)
本発明の目的はより柔軟性の高い合金を提供することである。より高い柔軟性を得るために本発明ではAおよびBを含む合金にさらにDを追加した。一方で、Cを添加すると合金の柔軟性が低下するので本発明の合金はCを含まないことが好ましい。
副引例
本発明の目的はより強度の高い合金を提供することである。より高い強度を得るために本発明ではXおよびYを含む合金にさらにCを追加した。
上記例の場合、客観的技術的課題が技術的効果に基づく場合、つまり「より高い強度を有する合金の提供」とした場合、副引例にその課題およびその課題を解決する手段が明示されているため、クレームされた解決手段は自明であり、進歩性が無いと判断されるリスクが高いです。
一方で、客観的技術的課題が「単なる代替物の提供」と認定された場合、主引例の代替物を提供するために差異的特徴であるCを添加することが自明であったかが争点になります。上述のように主引例の課題は「高い柔軟性を有する合金を提供すること」なので、「高い柔軟性を有する合金」の代替物を提供するために当業者が差異的特徴であるCを追加したかが論点となります。
しかし主引例にはCを添加すると主引例の目的である柔軟性が悪化してしまうことが明記されています。そうすると主引例の合金の代替物を提供するために当業者はCを追加することはしないと判断されるので、クレームされた解決手段は自明ではなく、進歩性が有ると判断される可能性が高くなります。
このように私の個人的な経験では欧州特許庁(特に異議部そして審判部)は、客観的技術的課題が技術的効果に基づく場合は、主引例の目的や示唆を無視しがちで、一方客観的技術的課題が「単なる代替物の提供」の場合は、主引例の目的や示唆を考慮する傾向があります。
したがって主引例に逆教唆がある場合や、強い副引例が存在する場合は、無理にクレームを限定したり追加実験データによって技術的効果を立証せずに、あえて客観的技術的課題を「単なる代替物の提供」として進歩性を主張したほうがよいと言えます。
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