食品特許の分野では発明の効果を示すための実施例で人間の感覚に基づく官能評価がよく用いられます。しかし日本ではトマト含有飲料事件以降、官能評価に対して評価方法の合理性など厳しめの要件が求められるようになり、官能評価を用いるためのハードルがあがりました。
しかし欧州では官能評価に対して日本のように厳しい要件は求められません。例えば、欧州特許庁の審判部の判決T1234/09では以下のような明細書中の極めて簡単な記載だけで審判部は官能評価に基づく効果を認めています。
明細書中の記載:
A sensory analysis of the foodstuffs prepared according to the Examples was performed, in particular for taste and smell (olefactory analysis). All the infant formulas made had a good taste and had a neutral smell. These were compared with a prior art process where the PUFA was added to the starting oil blend. The final infant formula from that process gave a bad odour (smelling of fish).
実施例に従って製造された食品の官能分析、特に味および匂いについての分析を行った(嗅覚分析)。 製造されたすべての乳児用調製粉乳は風味がよく、ニュートラルな香りがした。 これらをPUFAを出発油混合物に添加した従来技術の方法と比較した。 そのプロセスから得られた最終的な乳児用調製粉乳からは悪臭(魚の臭い)がした。
判決の理由の抜粋:
A sensory analysis of the foodstuffs prepared according to the examples indicates that all the infant formulas had a good taste and a neutral smell. On the other hand, an infant formula prepared using a prior art process where the unsaturated fatty acid was added to the starting oil blend is said to result in a product having a bad odour (smelling of fish; see paragraph [0056]). The board is thus satisfied that the above-mentioned problem has been credibly solved by the measure taken.
実施例に従って調製された食品の官能分析は、すべての乳児用調製粉乳が良好な味およびニュートラルな臭いを有することを示している。 他方、不飽和脂肪酸が出発油混合物に添加された従来技術の方法を用いて調製された乳児用調製粉乳は悪臭を有する製品をもたらすと言われている(「魚の臭い」;段落番号[0056]参照)。したがって、上記の課題が上記手段によって確実に解決されたことは充分に示されたと言える。
このようにT1234/09では明細書に官能評価(嗅覚分析)の結果だけがさらりと記載されているだけで、数値化された評価はもちろんパネラーの数すら明らかにされていません。このような極めて内容の薄い記載であるにもかかわらず欧州特許庁の審判部は官能評価に基づいて進歩性を認めています。
さらにこのような官能評価に基づく効果の主張は覆すのが困難です。例えば欧州特許庁における異議では立証責任が原則異議申立人側にあり、かつ疑わしきときには特許権者に有利(benefit of doubt)な判断がなされるため(T219/83)、明細書に記載された官能評価に基づく効果の主張を覆すにはかなりの手間がかかります。
このように欧州では官能評価に基づく効果の主張は官能評価自体の記載が薄くとも認められ、かつ特許後は覆すのが困難です。つまり欧州では官能評価に基づく効果は言ったもん勝ちとも言えます。
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