欧州特許庁では「除くクレーム」、すなわち Disclaimer の導入にはかなり厳しい条件が設けられています。
特に
補正前クレーム:金属粒子を含む混合物
明細書:「本発明の1の形態では、金属粒子は鉄粒子、銀粒子または金粒子である」(「銅粒子」に関する記載は無い)
↓
補正後クレーム:銅粒子を除く金属粒子を含む混合物。
のような出願書面に開示されていない特徴を除く Undisclosed Disclaimer が認められるのは、原則として以下のようなかなり限定された場面です。
・EPC 54条(3)の先行技術文献(いわゆる日本特許法29条の2の文献)に対して新規性を確保する場合
・偶発的なEPC 54条(2)の先行技術に対して新規性を確保する場合
・非技術的理由により特許性から除外される事項を除く場合
(過去の記事「欧州で導入が許されるディスクレーマ3種」そして「先行技術に対して新規性を確保するためのディスクレーマの導入は難しいです」をご参照ください)
しかしドイツはUndisclosed Disclaimerの導入に欧州特許庁よりもかなり寛容です。今回はその代表例として、ドイツ最高裁(BGH)の Phosphatidylcholin事件(X ZB 5/16) を紹介します。
背景
先行技術文献D1(いわゆる29条の2の文献ではない)
NaCl、グリセリンおよびPhosphatidylcholinを含む皮膚用組成物。
本願
補正前のクレーム:
NaClおよびグリセリンを含む皮膚用組成物。
明細書:
当該組成物がPhosphatidylcholinを含まないは開示されていない。
当該組成物がPhosphatidylcholinを含むことも開示されていない。
補正後のクレーム:
NaClおよびグリセリンを含む皮膚用組成物。
ただし、当該組成物はPhosphatidylcholinを含まない。
論点
出願時の明細書に開示されていないPhosphatidylcholinを除くDisclaimer(いわゆる Undisclosed Disclaimer )を導入することが許されるか?
BGHの判断
出願時の明細書に開示されていないPhosphatidylcholinを除くDisclaimer(いわゆる Undisclosed Disclaimer )を導入することは許される。
判決文の抜粋
Eine solche Beschränkung des Anspruchs steht im Einklang mit den Kriterien, die die Große Beschwerdekammer des Europäischen Patentamts zur Zulässigkeit eines Disclaimers zur Herstellung der Neuheit gegenüber dem Stand der Technik entwickelt hat (EPA, Große Beschwerdekammer, Entscheidungen vom 4. April 2004 – G 1/03 und 2/03, ABl. EPA 2004, 413 und 448 – Disclaimer/PPG und Disclaimer/GENETIC SYSTEMS; Entscheidung vom 30. August 2011 – G 2/10, ABl. EPA 2012, 367 – Disclaimer/SCRIPPS). Danach steht es der Zulässigkeit eines Disclaimers im Sinne eines negativ formulierten technischen Merkmals, durch das bestimmte Ausführungsformen oder Bereiche eines allgemein gefassten Merkmals ausgeschlossen werden sollen (EPA ABl. 2012, 376, 390, unter 2.2 der Entscheidungsgründe), entgegen, wenn sich die dadurch bewirkte Beschränkung als technisch relevant erweist (EPA ABl. 2004, 413, 441, unter 2.6.1 der Entscheidungsgründe; ABl. 2012, 376, 403, unter 4.4.2 der Entscheidungsgründe). Im Streitfall sind jedoch keine Anhaltspunkte dafür ersichtlich, dass mit der durch Merkmal 3 bewirkten Beschränkung des Gegenstands eine zusätzliche technische Wirkung einhergeht oder erzielt werden soll oder der Fachmann hierdurch neue technische Informationen erhält.
和訳:
このような請求項の限定は、欧州特許庁の拡大審判部が、先行技術に対する新規性を確保するためのディスクレーマーの許容性について展開した基準に合致するものである(EPO拡大審判部2004年4月4日決定 G 1/03およびG 2/03、EPO公報2004年413頁および448頁-Disclaimer/PPGおよびDisclaimer/GENETIC SYSTEMS;2011年8月30日決定 G 2/10、EPO公報2012年367頁-Disclaimer/SCRIPPS)。これらによれば、一般的に規定された特徴から特定の実施形態または範囲を除外することを目的とする、否定的に記載された技術的特徴としてのディスクレーマーについては(EPO公報2012年376頁、390頁、理由2.2)、その限定が技術的に関連性を有する場合には、その許容性が否定される(EPO公報2004年413頁、441頁、理由2.6.1;EPO公報2012年376頁、403頁、理由4.4.2)。しかし本件では、特徴3によってもたらされる対象の限定により、追加的な技術的効果が伴う、または達成されることが意図されている、あるいは当業者がこれによって新たな技術的情報を得る、ということを示す事情は認められない。
解説
欧州特許庁では新規性を確保するためのUndisclosed Disclaimerの導入は対象がEPC54条(3)の先行技術文献(いわゆる日本特許法29条の2の文献)または偶発的先行技術である場合に限られます。
しかし本判決ではBGHは、「追加的な技術的効果が伴わない、もしくは達成されることが意図されていない場合、または当業者がこれにより新たな技術的情報を得ない(keine zusätzliche technische Wirkung einhergeht oder erzielt werden soll oder der Fachmann hierdurch keine neuen technische Informationen erhält)」ことを条件に通常の先行技術文献であるD1に対して新規性を確保するためのUndisclosed Disclaimerの導入を認めています。
このようにドイツではEPC54条(3)の先行技術文献(いわゆる日本特許法29条の2の文献)または偶発的先行技術ではない通常の先行技術文献に対してもUndisclosed Disclaimerの導入が認められるという点で、欧州特許庁よりもUndisclosed Disclaimerの導入にかなり寛容です。
したがってドイツで先行技術に対する新規性の確保で悩んだ場合は、除くクレームは現実的な選択肢となります。
ちなみにドイツ連邦特許裁判所における本事件の差戻審では、ドイツ連邦特許裁判所は以下の理由で、Undisclosed Disclaimerの導入後の対象の進歩性を認めています。
Aus der Druckschrift D1 sind dem Fachmann wasserhaltige Hautschutzpräparate zur Prävention von Hautschäden bekannt (…). Die Zubereitung enthält neben Phosphatidylcholin, das eine barrierestabilisierende Wirkung hat, die vor unspezifischen Barriereschäden schützt, auch noch die weiteren Inhaltsstoffe mittelkettige Triglyceride, Salze, Feuchthaltesubstanzen, dermatologische oder kosmetische Wirkstoffe und Wasser. Die Salze haben in der Zubereitung nach D1 die Funktion, den Mineralsalzgehalt der Haut zu stabilisieren oder zu verstärken, wodurch sowohl die Hautfeuchte reguliert als auch eine normale Zellprofileration und Zelldifferenzierung, sowie die damit zusammenhängende Synthese epidermaler, barriereaktiver Lipide, gewährleistet wird (…). (…) Als bevorzugte Feuchthaltesubstanz wird in D1 Glycerin genannt, das in Mengen von 1,00 bis 20,00 Gew.-% vorliegt (…). Demzufolge wird der Fachmann die barrierestabilisierende Wirkung der kosmetischen Zubereitung der D1 auf die Zusammenwirkung der Inhaltsstoffe Phosphatidylcholin, Natriumchlorid und Glycerin zurückführen, sodass die Druckschrift dem Fachmann keinen Anhaltspunkt für eine Kombination liefert, die nur aus Natriumchlorid und Glycerin besteht.
和訳:
D1には、皮膚損傷の予防のための含水皮膚保護製剤が当業者に知られている(…)。当該製剤は、非特異的なバリア損傷から保護するバリア安定化作用を有するホスファチジルコリンに加えて、さらに、中鎖トリグリセリド、塩、保湿物質、皮膚科用または化粧品用有効成分、および水を含有する。D1に係る製剤において、塩は、皮膚のミネラル塩含量を安定化または増強する機能を有し、これにより、皮膚の水分が調節されるとともに、正常な細胞増殖および細胞分化、ならびにこれに関連する表皮性のバリア活性脂質の合成が確保される(…)。したがって、当業者は、D1の化粧品製剤のバリア安定化作用を、ホスファチジルコリン、塩化ナトリウムおよびグリセリンという成分の相互作用に帰することになる。そのため、D1は、塩化ナトリウムおよびグリセリンのみからなる組合せについて、当業者に何らの手掛かりも与えるものではない。
