欧州特許庁のガイドライン(Part G‑II, 6.1)は、抗体発明をクレームでどのように特定すべきかの例を開示しています。以下に欧州特許庁のガイドラインで例示された7つの抗体発明の特定方法を解説します。
1) 構造による特定(CDR/可変領域)
CDRの配列を特定することで抗体を特定することができます。典型的なIgGの場合、6つのCDR(H1/H2/H3, L1/L2/L3)を番号付けスキーム(例:IMGT/Kabat/Chothia 等)とともに明確に示すのが原則です。
一方、一部のCDRを省略する場合は、当該CDRが結合に関与しないなどの実験的根拠を示す必要があります。
2) 標的抗原による機能的特定
抗原自体の定義が明確であれば「Xに結合する抗体」のように機能的に抗体を特定することができます。ここで「抗原自体の定義が明確」とは、抗原が変動幅(バリアント)や“comprising”等のオープンな表現が許容されないことを意味します。つまり抗原は
antibody binding to antigen X consisting of the sequence defined by SEQ. ID. NO: y.
というようにconsisting ofというクローズとな表現を用いて特定されている必要があります。
3) 標的抗原+追加の機能的特徴
抗原に対する結合に加え、親和性(KD/IC50等)、中和活性、受容体の内在化、アポトーシス誘導、受容体の阻害/活性化などの機能特性で抗体を特定することもできます。
ただし競合抗体(reference)との競合性のみでの特定は、先行技術との比較が不可能である場合が通常なので欧州特許庁は完全な調査ができないとの指摘を含むOAを発行します(EPC規則63条(1))。
また同一抗原に結合する先行抗体は、特段の事情がない限り、クレームされた機能特性も備えると推定されます。先行抗体がクレームされた機能特性を備えないことの立証責任は出願人に課せられます。
さらに実施可能要件を確保するためにクレームされた機能特性を測定する方法も明細書に開示しなければなりません。
4) 機能+構造の併用
配列同一性が100%未満(例:≥90% ID など)のCDRと、明確な機能的特徴を組み合わせて抗体を特定することも可能です。
5) 製造工程(product‑by‑process)
免疫プロトコルや特定の細胞株により得られた抗体としての抗体を特定することもできます。
ただし抗原の定義に100%同一配列以外のバリアントを含めるような免疫プロトコルに基づく特定は、不明確と指摘されます。
6) エピトープによる特定
エピトープ(抗体が特異的に認識する抗原側のアミノ酸集合)で抗体を特定することもできます。
エピトープの特定方法はエピトープが線状(linear)であるか非線状(non-linear、discontinuous)であるかによって異なります。エピトープが線状の場合は、エピトープは閉じた表現(“consisting of”等)で明確に限定された断片として定義されることが要求されます。一方でエピトープが非線状の場合は、特定残基を明確に特定し、同定法(例:X‑ray/HDX‑MS/Alanine scan等)をクレームに記載することが求められます。
エピトープで抗体を特定する場合、先行抗体との比較が容易でないため、機能的特性のルール(上記3)と同様の新規性・実施可能要件に留意する必要があります。
7) ハイブリドーマによる特定
当該抗体を産生する寄託ハイブリドーマを参照して特定することも可能です。