パリ条約における優先権の要件の1つに「最初の出願」があることをご存じの方は多いかと思います(同第 4 条 C(2)及び(4))。実際に日本の審査基準V部1章2.3.2でも「最初の出願」について以下のように明記されています。
「パリ条約による優先権の主張の基礎とすることができるのは、パリ条約の同盟国における最初の出願のみである(同第 4 条 C(2)及び(4))。これは、最初の出願に記載された発明について、後の出願を基礎として再度(すなわち累積的に)優先権の主張の効果を認めると、実質的に優先期間を延長することになるからである。」
この日本の審査基準では「最初の出願」の要件が疑問視されるのは以下のように本願のパリ条約による優先権の基礎とされた先の出願(第二の出願)が、その出願の前になされた出願(第一の出願)に基づく優先権の主張を伴っている場合、つまり優先権が累積的に主張されている場合とされています。
出典:日本特許庁 特許・実用新案審査基準 第V部 第1章 3.3
しかし実際はこのような優先権の累積主張がされることはまずありません。したがって日本特許庁によって優先権の「最初の出願」の指摘を受けた経験がある方はほとんどいないと思います。
しかし「最初の出願」の要件を満たすかどうかの問題は実は優先権が累積的に主張されているか否かとは全く関係がなく、決定的なのは同じ出願人がした出願の中で「発明が最初に開示されたのはどの出願においてであるか」になります(ヘオルフ・ボーデンハウゼン (1968年). “注解パリ条約(日本語訳)”. 世界知的所有権機関)。日本特許庁における「最初の出願」の審査の運用ではこの「発明が最初に開示されたのはどの出願か」という要件が全く考慮されません。
例えば以下のような一連の出願があったとします。
出典:鳥山明先生「ドラゴンボール」(集英社)
この一連の出願では優先権の累積的主張がありません。したがって日本特許庁の運用では第2出願は優先権主張における「最初の出願」という要件は満たすと判断されます。
しかし第2出願の請求項の対象である「フュージョン型サイヤ人」は、第1出願の実施例における「スーパーサイヤ人ゴテンクス」によって開示されています(スーパーサイヤ人ゴテンクスはフュージョン型サイヤ人の下位概念)。つまり「フュージョン型サイヤ人」が最初に開示されたのは第2出願ではなく、第1出願ということになります。したがって第2出願は「フュージョン型サイヤ人」について「最初の出願」という要件を満たさず、優先権は無効となります。
この例のように発明の思想は異なるけれども下位概念が共通するような場合、後の出願が「最初の出願」としての要件を満たせないことがあります。
特に欧州特許庁では優先権の審査の際にこの「発明が最初に開示されたのはどの出願か」という要件がかなり厳しく審査されます。このため欧州において優先権が失効してしまい権利化を断念せざるを得ない状況に追い込まれてしまった日本からの出願に遭遇することが頻繁にあります。
日本の実務家にとって不幸なのが、日本特許庁におけるこの「最初の出願」についての審査が極めて緩いので「最初の出願」に対する感受性および危機感が育まれる機会がほとんど無いことです。また日本では自己衝突の問題がないのもこの問題に拍車をかけていると思います(「自己衝突って何?」という方は過去の記事「かなり悩ましい自己衝突という問題」をご参照ください)。このため「最初の出願」の審査が厳しい欧州などで窮地に追い込まれてしまうことがあります。
参考資料:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%A4%E4%BA%BA
謝辞
本記事は英知国際特許事務所の柴田和雄先生のアドバイスにより完成に至りました。柴田先生、誠にありがとうございました。この場を借りて深くお礼申し上げます。