欧州特許庁のこれまでのガイドラインではT261/15を参照し、数値範囲の選択発明は以下の2つの要件a)およびb)を満たせは新規性が認められるとされていました(ガイドラインG, VI-7参照)。
a)選択されたサブレンジが、既知の範囲と比べて「狭い」こと
b)選択されたサブレンジが、先行技術に開示された特定の実施例から「十分に離れている」こと
ここで「狭い(narrow)」および「十分に離れている(sufficiently far removed)」の意味は、ケースバイケースで判断されます。
しかし2026年4月1日から発効する欧州特許庁の2026年版ガイドラインではT261/15を参照した判断基準が削除され、その代わりにT1688/20を参照し、以下の要件を満たせば数値範囲の選択発明の新規性が認められることとなりました。
A subrange selected from a broader numerical range of the prior artis considered novel it cannot be established that, on application of the“gold standard”, the skilled person, using common general knowledge, can directly and unambiguously derive the selected subrange from the prior art.
和訳:
先行技術に記載されたより広い数値範囲から選択されたサブレンジは、「ゴールド・スタンダード」を適用した場合に、当業者が共通の一般的知識を用いても、先行技術から当該サブレンジを直接かつ一義的に導き出せる(directly and unambiguously derive)と認定できないとき、新規と認めらる。
ここで疑問なのがT1688/20を参照した新基準によれば、T261/15を参照した旧基準と比較して数値範囲の選択発明の新規性が認められやすくなったのか、それとも認められにくくなったのかです。
そこでT1688/20をもう少し詳しく参照してみましょう。
T1688/20では以下のクレームされた数値範囲が先行技術に開示された数値範囲に対して新規性であるかが争点となりました。
クレームされた数値範囲:「56〜59度」
先行技術で開示された数値範囲:「55〜60度」
先行技術で開示された実施例の数値:「55度」、「60度」
本事件の第一審である異議においては異議部はクレームされた数値範囲「56〜59度」は、先行技術で開示された数値範囲「55〜60度」と比較して「狭く」もなければ、先行技術に開示された特定の実施例から「十分に離れて」もいないとして、新規性を否定しました。
つまり異議部はT261/15を参照した旧基準に基づいてクレームされた数値範囲の新規性を否定しました。
これに対して審判部はまず一般論として、「当審判部は、相対的概念である『狭い』および『十分に離れている』が、選択された部分範囲の新規性を判断するための客観的で信頼でき、一貫した基準であるとは確信していない」と述べT261/15を参照した旧基準を批判しました。そして、T261/15を参照した旧基準を考慮せず、代わりに、当業者がクレームされたサブレンジを先行技術から「直接かつ一義的に(directly and unambiguously )」読み取れるかどうかのみを問う、「ゴールド・スタンダード」による新規性テストを採用し、新規性を認めました。
つまりT1688/20では、T261/15を参照した旧基準を適用していれば否定されたであろう数値範囲の新規性を認めたことになります。
したがってT1688/20を参照した新しい基準によれば、T261/15を参照した旧基準と比較して数値範囲の選択発明の新規性が認められやすくなったと言えます。
