欧州では数値を上限と下限とに分けて記載すると補正ができなくなります

以前の記事「欧州特許庁における数値範囲の補正」で欧州特許庁は数値範囲の補正について思いの外寛大であることを説明しました。

例えば「本発明の組成物は化合物Xを5~20wt%、より好ましくは10~15wt%含む。」という記載が明細書にあれば当該記載に基づき「化合物Xを10~20wt%含むことを特徴とする組成物。」または「化合物Xを5~15wt%含むことを特徴とする組成物。」といった補正が可能です(例えばT 1107/06参照)。このように欧州では数値が範囲で開示されている場合は、上限と下限との比較的自由な組合せが可能です。

一方で日本の明細書では数値を上限と下限とに分けた書き方がよく見られます。
例えば
「本発明の組成物における化合物Xの含有量の下限は5wt%であり、より好ましくは10wt%である。本発明の組成物における化合物Xの含有量の上限は20wt%であり、より好ましくは15wt%である。」
といった書き方です。

この記載方法は将来の補正の自由度を上げるため、すなわち数値の上限と下限とのより自由な組み合せを可能とすることを目的としていると思われます。しかし欧州ではこの記載方法を用いると数値を通常の範囲で記載する方法よりもむしろ補正が制限されることがあります。

このことがよくわかるのが欧州特許庁の審決T1919/11です。

T1919/11では以下のクレーム1における数値範囲が新規事項を追加するか否かが争われました。

クレーム1:

タキサス種の細胞培養における高収量のタキサン生産方法であって…
前記細胞培地は900μM以下の少なくとも1μMから200μMの濃度の銀を含む…ことを特徴とする方法。

出願当初の明細書の記載:

「培地に銀が含まれる場合、銀は濃度が900μM以下、好ましくは500μM以下、更に好ましくは200μM以下になるよう添加される。」
「培地に銀が含まれる場合、銀は濃度が10nM以上、好ましくは100nM、更に好ましくは1μM、及び一般的には10μM添加になるように添加される。」

欧州特許庁の審判部の結論:

これに対し欧州特許庁の審判部は以下のようにクレーム1の「少なくとも1μMから200μM」という数値範囲は新規事項の追加に該当すると結論づけています。

A general range, which means a lower limit which is unequivocally combined with an upper limit and a preferred disclosed narrower range – equally consisting of a lower limit which is unequivocally combined with an upper limit – are simply missing. Even a kind of parallel structure in indicating the upper and lower limits (less/at least, preferred or more preferred) implies no unequivocal correlation between a particular upper limit and a particular lower limit because there is no teaching that such an arrangement was intended.

Therefore, in the present case, one of the upper limits mentioned in the first sentence in the description of the parent application as originally filed (as cited above) and one of the lower limits mentioned in the second sentence are arbitrarily combined, which does not represent a direct and unambiguous disclosure.

和訳:
本件では一般的な範囲、つまり上限と明確に組み合わされた下限と、好ましく開示されたより狭い範囲、つまり同様に上限と明確に組み合わされた下限とからなる範囲が、単純に欠けている。上限と下限を示す一種の並列構造(より少ない/少なくとも、好ましい/より好ましい)であっても、特定の上限と特定の下限の間の明確な相関関係を示唆しない。そのような組合せが意図されていたという教示がないからである。

したがって本件では、出願当初の親出願の明細書(上記で引用したもの)の第1文に記載された上限値の1つと第2文に記載された下限値の1つが恣意的に組み合わされており、直接的かつ明確な開示とはなっていない。

欧州特許庁の審判部のこの結論からもわかるように欧州特許庁の審判部は数値が明確に範囲として開示されていれば上限と下限との組み合わせの補正に対して寛大ですが、数値が上限と下限とに分けて並列に記載されている場合は上限と下限との組み合わせの補正に対して厳しい判断をすることがあります。

まとめ

このように良かれと思って数値を上限と下限とに分けて並列に記載してしまうと欧州では逆に補正が制限されてしまうリスクがあります。したがって欧州での権利化を予定されている場合は例えば「10~50wt%、好ましくは15~40wt%、さらに好ましくは20~30wt%」というように数値を明確に範囲で開示することをお勧めします。

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