Ab initio plausibility、Ab initio implausibilityおよびNo plausibilityの定義

先週の2022年11月24日に拡大審判部のケースG 2/21の口頭審理が開催されました。G 2/21で争点となったのはどのような場合に進歩性の議論において実験データの後出しが認められるかです。より具体的には、実験データの後出しを認めるハードルとしてAb initio plausibility、Ab initio implausibilityおよびNo plausibilityのいずれを採用すべきかという質問が拡大審判部に付託されています(「G 2/12って何」という方は過去の記事「弊所が代理する案件がEPOの拡大審判部で審査されます」をご参照ください)。

しかし拡大審判部への質問の付託を決定した判決T 116/18では審判部は単にAb initio plausibilityを採用する判例、Ab initio implausibilityを採用する判例およびNo plausibilityを採用する判例を引用しただけで、それぞれの用語を明確に定義していません。このため多くの実務家がAb initio plausibility、Ab initio implausibilityおよびNo plausibilityの意味について混乱しています。

そこで拡大審判部への質問の付託を決定した判決T 116/18で引用された判例を分析した結果導き出したAb initio plausibility、ab initio implausibilityおよびno plausibilityの定義を解説します。

Ab initio plausibility

Ab initio plausibilityとは明細書の記載から導き出せる効果の存在を肯定しうる事実または証拠が出願当初書面または技術常識に存在する場合に初めて実験データの後出しを認めるという考えです。

このAb initio plausibilityという考えを採用した判例がT 488/16 です。

当該判例ではクレームされた化合物が PTK 阻害剤として機能することを示す実験データの後出しが認められるかが争点になりました。本判例で審判部はクレームされた化合物が PTK 阻害剤として機能するという記載は確かに明細書に存在するものの、クレームされた化合物が実際にPTK 阻害剤として機能することを示す証拠が出願当初書面および当業者の技術常識に一切存在しないことから、実験データの後出しを認めませんでした。一方で審判部はクレームされた化合物がPTK 阻害剤として機能することを否定する事実や証拠の存在の検証はしませんでした。

このようにAb initio plausibilityでは明細書の記載から導き出せる効果の存在を肯定しうる事実または証拠が出願当初書面または技術常識に存在しないことのみを理由に実験データの後出しが否定されます。このため明細書の記載から導き出せる効果のうち出願時に実施例または技術常識でその存在を肯定された効果に関する実験データの後出ししか認められません。

これは出願人および特許権者にとってかなり不利です。

Ab initio implausibility

Ab initio plausibilityとは明細書の記載から導き出せる効果の存在を否定しうる事実または証拠が出願当初書面または技術常識に存在しなければ実験データの後出しを認めるという考えです。つまりこの考えの下では仮に効果の存在を肯定しうる事実または証拠が存在しない場合であっても、効果の存在を否定しうる事実または証拠が存在しない限り実験データの後出しが認められます。効果の存在を否定しうる事実または証拠が出願当初書面または技術常識に存在する場合に初めて実験データの後出しが拒否されます。

このAb initio implausibilityという考えを採用し、実験データの後出しを認めた判例がT 863/12 です。

当該判例ではクレームされた貴金属調整物が優れた柔軟性を有することを示す実験データの後出しが認められるかが争点になりました。本判例で審判部はクレームされた貴金属調整物が優れた柔軟性を有することを肯定しうる証拠が出願当初書面に存在しないことを認めつつも、優れた柔軟性という効果は出願当初書面から導きだせること、そしてその優れた柔軟性を否定する事実も証拠も存在しないことから実験データの後出しを認めました。

またAb initio implausibilityを採用し、実験データの後出しを否定した判例がT 1329/04です。

当該判例ではクレームされたペプチドGDF-9が形質転換増殖因子-β(transforming growth factor-β:TGF-β)として機能することを示す実験データの後出しが認められるかが争点になりました。本判例で審判部はクレームされたGDF-9がTGF-βスーパーファミリーに属するという記載は確かに明細書に存在するものの、GDF-9が実際にTGF-βとして機能することを示す証拠が出願当初書面および当業者の技術常識に一切存在しないことを指摘しました。さらに審判部はGDF-9には既知のTGF-βスーパーファミリーに特徴的な7つのシステイン残基を有するモチーフが存在しておらず、さらに既知のTGF-βスーパーファミリーとのアミノ酸配列の相同性も34%と極めて低いことを指摘しまた。これらの事実から審判部はGDF-9がTGF-βとして機能することは出願当初書面および当業者の技術常識から考えにくいと結論づけ、実験データの追加を認めませんでした。

このようにAb initio implausibilityでは特許権者または出願人は明細書の記載から導き出せる効果のうち出願時に実施例または技術常識でその存在が肯定されていなくとも、その効果を否定しうる事実または証拠が存在しない限り実験データを後出しできます。

Ab initio implausibilityは上述したAb initio implausibilityと比較すると出願人または特許権者にとって有利です。

No plausibility

No plausibilityとは明細書の記載から導き出せる効果の存在を肯定しうる事実または証拠の不存在または効果の存在を否定しうる事実または証拠の存在に関わらず証拠の後出しを認めるという考えです。つまりこの考えの下では効果が明細書の記載から導き出せさせすればいかなる場合もその効果を示す実験データの後出しが認められます。

このNo plausibilityという考えを採用した判例がT 31/18です。

当該判例で審判部は明細書の記載から導き出せる効果をサポートする証拠を拒否することは課題解決アプローチに反するとして、効果の存在を肯定しうる事実等または効果の存在を否定しうる事実等の検証を一切することなく、実験データの後出しを認めました。

このようにNo plausibilityでは、仮に明細書の記載から導き出せる効果の存在を否定しうる事実または証拠が出願当初書面または技術常識に存在する場合であっても実験データの後出しが認められます。このNo plausibilityは出願人または特許権者にとって極めて有利です。

まとめ

以上が拡大審判部への質問の付託を決定した判決T T 116/18で引用された判例を分析した結果導き出したAb initio plausibility、ab initio implausibilityおよびno plausibilityの定義です。

ここで重要なのがAb initio implausibilityでもNo plausibilityでも実験データの後出しが認められるためにはその効果が出願当初書面から導き出せることが前提となるということです。

よくAb initio implausibilityまたはNo plausibilityでは効果が明細書から導き出せなくてもその効果を示す実験データの後出しが認められるという理解に基づく記事が見られますが、T 116/18で引用された全ての判例で効果が明細書から導き出せることが実験データの後出しを認める前提となっていることを参酌すると、この理解は少なくともT 116/18の意図とは剥離していると言えます。

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