先日の「短編小説 弁理士がAIに負ける日①」の続きを書いてみました。
的外れな部分もあるやもしれませんがご容赦ください。
異論、反論を歓迎します。
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「生産性スコアが低下しています。修正案の精度を向上させてください。」
Taotyの冷徹な音声が無機質なオフィスに響く。
モニターには、俺の業務評価が**「78%」**と表示されていた。
基準値は80%。
これを下回り続ければ契約は更新されない。
「佐藤さん、スコア、また落ちてますね。」
新人AI監査員の影山が俺のモニターを覗き込む。
彼はまだ20代前半。俺と同じ有期雇用契約。
つまり俺と同じ運命をたどることが決まっている。
スコアが落ちれば更新は無し。
——いや、そもそもこの仕事自体がもうすぐ消える。
「まあな。ペースを落としすぎたかもな。」
軽く肩をすくめて、適当に答えた。
嘘だ。
ペースを落としたんじゃない。
もうAIのミスを見つけることができなくなっているのだ。
「……もう終わりが近いな。」
誰に言うでもなく呟いた。
***
生成AIのTaotyが弁理士機能を搭載したのは2年前のことだった。
当初から「平均レベルの弁理士と同等の能力を持つ」と評判だった。
それに伴い平均レベルの弁理士たちは軒並みキャリアの終了を強制された。
一方で、平均以上の能力を持つと判断された弁理士たちは活躍の場が一時的に広がった。
特に、上位10%の能力を有すると認められた者には、AIの出力を分析し、AIを教育する「AI監査」のポジションが好待遇でオファーされた。
俺もその一人だった。
有期契約ではあったが、この待遇だ。
Taotyからのオファーは当時の俺のつまらない選民意識を満たすには十分だった。
「選ばれた側の人間だ」
そう思っていた。
最初のうちはすべてが順調だった。
Taotyの進化にキャッチアップするために、国内外の新しい判例、新しいアルゴリズム、データ解析手法、プログラミング言語——次々と学ぶことは多かったが、それが楽しかった。
Taotyのロジックミスや、判例の引用ミスを指摘し、修正する。
自分の能力をフルに活用している充実感があった。
——しかし、それは長くは続かなかった。
Taotyは、予想を遥かに超えるスピードで進化していった。
俺と共にAI監査の仕事を始めた仲間たちが、一人、また一人と消えていった。
彼らはTaotyの進化についていけなくなったのだ。
そして今、俺もその波に飲み込まれつつある。
もはやTaotyのミスを見つけられない。
それどころかTaotyの判断のほうが、俺よりも的確だと感じる瞬間が増えている。
新しいスキルや知識を習得することも今ではただの苦痛でしかない。
「成長するAI」と「衰えていく人間」。
その対比が痛いほど分かる。
***
Taotyの名前は中国神話の怪物「饕餮(Taotie)」に由来すると聞いた。
神話によれば、饕餮は——
「地も海も空も、すべてを貪り尽くし、最終的には自らをも飲み込み、無だけを残す」
……なるほど、ぴったりの名前だ。
俺は今、Taotyが俺のかつての同僚たち、クライアントたち、俺自身、そしておそらくは特許制度そのものを飲み込んでいくのを、ただ眺めている。
誰にも感謝されず、誰も幸せにしない。
ただAIの歯車の一部として、消費されるだけの仕事。
それが今の俺の役割だった。
そしてその役割すら限界に近づいている。
***
仕事を終え帰宅すると、郵便受けに手紙が入っていた。
時代遅れの紙の手紙。
今どきこんなものを送るやつがいるのか——と思いながら、差出人を見た。
そこにはボールペンで書かれた「長谷川」の文字。
——長谷川。
Taotyによって職を失って以来、彼はSNSを含め、デジタル上では一切消息を絶っていた。
今さら俺に何の用だ?
封を開けると中には彼が始めたログハウス民宿の案内が入っていた。
そして一枚の写真。
長谷川が釣り糸を垂れ笑っている。
青空、広がる田園、ゆったりとした時間。
なんてことのない、平凡な生活。
——だが、その顔は
穏やかそのものだった。
***
俺は長谷川よりも優秀だった。
それは疑いようのない事実だ。
長谷川自身もそれを認めていた。
特許の分析力、クレームの精度、拒絶理由への反論の組み立て——
どの分野でも俺は彼を圧倒していた。
だからこそ心の底では見下していた。
態度には決して出さなかったが俺の中には常に優越感があった。
「俺はお前とは違う。お前よりも、ずっと上の世界にいる。」
長谷川が「田舎で暮らす」と言ったとき、俺は心の中で**「逃げたな」**と思った。
「弁理士としての能力が低いから、競争についていけなくなったんだろう」と。
だが——
AIの歯車の一部として消費されるだけの俺と、土に触れ陽の光を浴びる生活をする長谷川。
どちらが「上」なのか。
——いや。
そんなことを考えている時点で答えは出ているのだろう。
手紙の最後には短くこう書かれていた。
「是非遊びに来てください。また佐藤に会えることを楽しみにしています。」
俺はしばらくそれを見つめた後、静かに天井を仰いだ。
Taotyの冷たい音声が、頭の中で無限にリピートしている。
「生産性スコアが低下しています。」
……それでも俺は明日もあの椅子に座るのか?
それとも——
俺にも人間らしく生きる人生が残されているのか?