早いもので日本弁理士の登録から10年が経ちました。節目ということでこれまでの自分の弁理士としてのキャリアを振り返ってみました。
弁理士 新人時代
弁理士試験に合格した自負と共に希望一杯で新卒として特許事務所で働き始めるも、圧倒的有能上司に鼻をへし折られる。圧倒的有能上司に弁理士およびビジネスマンとしてのイロハをスパルタ式で叩きこまれる。サブプライムバブルが弾け、弁理士冬の時代が到来したことを知らされ落胆する。
弁理士 迷走時代
圧倒的有能上司のスパルタ式指導が辛くなり、1日20回ほど弁理士を辞めたいと思うようになる。MBA、LAW SCHOOLなど色々な選択肢を検討してみるがどれも莫大な資金が必要なこと、そして資格を取った後もキャリアが保証されているわけではないことを知り落胆する。自分がドイツ語ができることを思い出し、他の選択肢と比較して低コストかつ低リスクなドイツで就職することを思いつく。色々と試行錯誤をするうちにミュンヘンの事務所から内定を頂く。
弁理士 ドイツ駆け出し時代
ドイツに引っ越す。退職の際、事務所の上司および所長が恩知らずな輩を暖かく送り出してくれたことに感激する。ドイツに来てみたものの事務所内で仕事がないことに驚く。自分で勝手にブログなりセミナーなりを始めてみる。所内営業などもいろいろと試しているうちに仕事が増え始め、欧州特許実務およびドイツ特許実務について広く深く学ぶ。
弁理士 欧州特許弁理士時代
周りの人たちの支えのお蔭で欧州特許弁理士試験に合格できる。事務所内で日本チームが発足される。自分を信頼して仕事を任せて下さるお客様も増え弁理士になって良かったと思えるようになる。
10年を振り返ってみて
振り返ってみると最初に圧倒的有能上司から指導を受けられたのは幸運でした。当時の上司は大変忙しかったにも関わらず、右も左もわからない、かつケアレスミスの多い若造を手とり足とり指導してくれたことには大変感謝しています。当時の上司の教えである「弁理士たるものよい商人(あきんど)であれ」は今でも私の弁理士としての職業規範となっています。
総合的にみて弁理士としてこれまでキャリアを積めて大変幸せでした。もし10年前の自分にアドバスする機会があるとすれば躊躇なく弁理士としてキャリアを積むことを薦めると思います。10年後も弁理士であることを誇りにおよび幸せに思えるように、日々の仕事を積み重ねていきたいと思います。
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