欧州特許庁は補正における新規事項の追加(EPC123条(2))に厳しいことで有名です。一方で日本特許庁は補正による新規事項の追加にはかなり寛大です。このため日本の感覚で欧州特許出願のクレーム補正をしてしまうと新規事項の追加と判断されるリスクが高いです。
以下に日本の実務家がしがちな欧州において新規事項と判断されるリスクが高い補正の形態を4つを紹介します。
1.特徴の削除
独立クレームから特徴を削除する補正の形態です。
例:
補正前クレーム1:A+B
↓
補正後クレーム1:A
欧州特許庁では独立クレームの特徴は通常全て課題を解決するための必須の特徴(Essential Feature)と判断されます(過去の記事「欧州では発明の課題を謙虚にした方がよいです」をご参照下さい)。このため独立クレームから特徴を削除する補正は通常必須の特徴の削除と判断され、出願当初の開示範囲を超えると判断されてしまいます。
上記例で特徴Bの削除が認められるには、例えば明細書に「特徴Bは任意の特徴である」といった記載や、特徴Bを含まない実施形態の開示がなければガイドライン上認められません(ガイドライン H-V,3.1)。
2.中間一般化(Intermediate Generalization)
特徴の組合せから一部の構成のみを抽出する補正の形態です。
例:
補正前クレーム1:A
明細書の実施形態:A+B+C
↓
補正後クレーム1:A+B
上記例の場合、特徴Bは特徴Cとの組み合わせにおいてのみ開示されているので特徴Bのみをクレームに追加する補正は、許可されない中間一般化であるとして出願当初の開示範囲を超えると判断されるリスクがあります(ガイドライン H-V, 3.2.1)。
上記例のような補正を認めてもらうには特徴Bと特徴Cとの間には技術的関連が無いことを合理的に説明できなければなりません。
3.Singling Out
2以上の特徴のリストから開示されていない組合せを選択する補正の携帯です。
例:
補正前クレーム1:
a1、a2、a3またはa4であるAと
b1、b2、b3またはb4であるBとを有する組成物
明細書の記載:
本発明の組成物は好ましくはa1とb4とを有する。
↓
補正後クレーム1:
a2とb1とを有する組成物
上記例の場合リストA(a1、a2、a3またはa4)とリストB(b1、b2、b3またはb4)という2つのリストから出願当初書面に開示されていないa2とb1との組合せを選択しています。このためこのような補正は新規事項の追加として認められません(T 727/00)。一方で1つのリストからだけの選択である場合は新規事項の追加とは判断されません。
4.図面のみに基づく補正
明細書等に文言上の根拠がなく図面のみに基づく補正の形態です。
図面のみに基づく補正の適否について争われた欧州特許庁の審判T1120/05では審判部は
「一般的にEPC123条(2)の内容を鑑みると、出願当初の図面は、出願人または特許権者がクレーム補正を作成するための特徴のストックとみなすことはできない。」
といってます。
つまり欧州では図面のみに基づく補正は原則認められないと考えてよいです。
まとめ
以上、日本の実務家がしがちな欧州での危険な補正の形態4つを説明しました。欧州特許庁の審査過程で新規事項の追加と判断されてしまいますと、また補正前のクレームに戻さなければならないので権利化業務が非効率になってしまいます。
また仮に審査過程を通過できたとしても、特許査定後に異議が申し立てられますと、上記のような補正の形態は異議過程での弱点となってしまいます。特に上記補正の形態のうち「3.Singling Out」および「4.図面のみに基づく補正」は異議過程で新規事項の追加と判断されると、特許の取消が確実となる逃れられない罠(Inescapable Trap)に陥るリスクが高いので注意が必要です(「Inescapable Trap」って何という方はNGB社のコラムをご参照下さい)。
このため欧州でよく補正による新規事項の追加を指摘される、または自身の補正案の内容が欧州で大丈夫か否か自信がないといった方は事前に欧州代理人に補正の適法性に関して意見を求めることをお勧めします。
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