日本の特許法29条の2では、出願にかかる発明が出願後に公開された先願に記載された発明と同一である場合は特許を受けることが出来ない旨が規定されていますが、以下のただし書きにより出願人または発明者が同一の場合には適用されません。
日本の特許法29条の2
特許出願に係る発明が[…]と同一であるときは、その発明については、 前条第一項 の規定にかかわらず、特許を受けることができない。ただし、当該特許出願の時にその出願人と当該他 の特許出願又は実用新案登録出願の出願人とが同一の者であるときは、この限りでない。
この日本の特許法29条の2に対応するのが以下の欧州特許条約(EPC)54条(3)の規定です。
EPC54条(3)
また、その出願の出願日が(2)にいう日の前であり、かつ、その日以後に公開された欧州特許出願の出願時の内容も技術水準を構成するものとみなされる。
しかし本特許法29条の2と異なりEPC54条(3)には上記ただし書きに対応する規定がありません。このため自己の先願によって自己の後願の権利化が阻害され得ます。この現象は自己衝突と呼ばれます。
例えば同一の出願人が以下の図のように欧州出願1、欧州出願2をした場合、EPC54条(3)により欧州出願2の請求項Bの新規性が欧州出願1におけるBの開示によって否定されます。
しかしこの自己衝突の問題は欧州特許出願間でしか起こりません。このため自己衝突を防止するするために以下のように日本で同じ状況が発生した際に先願である日本出願1を欧州に展開せず、日本出願2のみに基づいて欧州特許出願をするという方法が採用されることがあります。
しかしこの方法には優先権の観点から問題があります。
まず日本出願2の請求項で特定されたBは既に日本出願1の明細書に開示されています。そうすると日本出願2は発明Bについてパリ条約4条Cで定められた「最初の出願」という要件を満たしません。したがって以下の図のように日本出願2に基づく優先権は無効となり、欧州特許出願における請求項Bの新規性の判断基準日は日本出願2の出願日ではなく欧州特許出願の出願日になります。このとき日本出願1が欧州特許出願の出願日前に出願公開されていることがよくあります。この場合、欧州特許出願の請求項Bの新規性は日本出願1の出願公開によって否定されます。
このように優先権が絡むと日本出願と欧州特許出願との間でも自己衝突に似た現象が発生することがあります。特に日本からの欧州特許出願でこの優先権の失効を伴うパターンで新規性が否定されているケースを多く見ます。
この優先権がからむ自己衝突の問題を根本的に解決するにはそもそも自らが先願で開示した発明について後から出願しないか、または欧州特許出願をする際には対象となる発明を開示した全ての日本出願(上記例では日本出願1および日本出願2)を優先権の基礎とするしかありません。いずれの場合もかなり綿密な出願戦略またはスケジュール管理が必要になります。
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