追加実験データを準備する際に気を付けるべきこと 特許権者・出願人編

過去の記事「どんな場合に課題が単なる代替物の提供と認定されてしまうか」で欧州特許庁における進歩性の議論ではClosest Prior Artに対する追加実験データを提出することで、進歩性の議論を有利に進め得ることを説明しました。

今回はこのClosest Prior Artに対する追加実験データを準備する際に出願人または特許権者が注意すべき以下の2点を解説します。

1.Closest Prior Artの発明を出来るだけ忠実に再現する

進歩性の議論の際に重要になるのはあくまでClosest Prior Artに対する有利な効果です。このため追加実験ではClosest Prior Artを可能な限り充実に再現することが求められます。Closest Prior Artを忠実に再現していない追加実験データを提出すると主文献の発明に対する有利な効果を立証するデータとして認められないからです(例:T 197/86)。

ダメな例

クレーム:
・a1、B 、Cを含む組成物。

Closest Prior Art (CPA):
・a2、b3、c1を含む組成物。

特許権者による追加実験データ:
・実施例:a1、b2、c4を含む組成物=抗菌作用◎
・CPAの再現: a2、b2、c4を含む組成物=抗菌作用△

解説

この例の場合、追加実験ではClosest Prior Artの再現として、Closest Prior Artの組成物a2、b3、c1ではなく、別の組成物a2、b2、c4が用いられています。このため当該追加実験データは実施例の組成物a1、b2、c4がClosest Prior Artの組成物a2、b3、c1に対して本当に有利な効果(抗菌作用の向上)を有していることを立証していません。すると当該追加実験データを提出しただけではClosest Prior Artに対する有利な効果が認めらず、客観的技術的課題が単なる代替物の提供と認定されてしまい、進歩性の議論が有利になりません。

このため追加実験ではClosest Prior Artの組成物a2、b3、c1を忠実に再現し、実施例の組成物a1、b2、c4による抗菌作用がClosest Prior Artの組成物a2、b3、c1のそれよりも優れていることを示すことが重要です。

2. CPAとの差異的特徴のみが異なる試験区を準備する

進歩性の議論においてClosest Prior Artに対する有利な効果が認められるには、その効果がClosest Prior Artに対するクレームの差異的特徴に由来することが求められます(T 197/86)。

ダメな例

クレーム:
・a1、B 、Cを含む組成物。

Closest Prior Art:
・a2、b3、c1を含む組成物。

特許権者による追加実験データ:
・実施例:a1、b2、c4を含む組成物=抗菌作用◎
・CPAの再現: a2、b3、c1を含む組成物=抗菌作用△

解説

この例では確かにClosest Prior Artの組成物a2、b3、c1が忠実に再現されています。さらに実施例の組成物a1、b2、c4のほうがClosest Prior Artの組成物a2、b3、c1よりも抗菌作用が優れていることが示されています。しかし実施例の組成物a1、b2、c4はクレームの差異的特徴であるa1以外にも非差異的特徴であるb2およびc4という点でClosest Prior Artの組成物a2、b3、c1と異なります。そうすると抗菌作用の向上はa1というクレームの差異的特徴に由来するのではなくb2またはc4という非差異的特徴に由来する可能性があります。このためこの追加実験データだけでは抗菌作用の向上がクレームの差異的特徴に由来することを立証することができません。するとClosest Prior Artに対する有利な効果が認めらず、客観的技術的課題が単なる代替物の提供と認定されてしまい、進歩性の議論が有利になりません。

このため追加実験では実施例としてはClosest Prior Artの組成物a2、b3、c1と差異的特徴のみが異なる組成物a1、b3、c1を準備し、抗菌作用の向上が確かにクレームの差異的特徴a1に由来することを示すことが重要です。

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