ドイツ特許法改正案における差止請求権の制限の解説

はじめに

ドイツでは昨年から「第2次特許法等改正に係る特許法の簡素化・現代化のための法案(Zweites Gesetz zur Vereinfachung und Modernisierung des Patentrechts )」の下、特許法改正案についての議論が進められていました1)。今回の特許法改正案には侵害訴訟と無効訴訟との同期や、特許訴訟における営業秘密保護法の導入、ドイツ国内段階移行期間の変更など実務上重要な変更が盛り込まれていますが、最も注目されているのはドイツ特許法139条(1)に新しく導入される差止請求権の制限です。

差止請求権の制限の導入の趣旨

現行のドイツ特許法139条では特許権者は侵害者に対して特許侵害の差止を請求できることが規定されており、差止請求権が制限される旨の規定はありません。このためドイツでは特許侵害が認められれば特許権者は侵害者に対して侵害者がどれだけ不均衡な不利益を被る場合であっても差止請求権が認められていました。この無制限の差止請求権は特に多くの部品からなる製品を扱う自動車業界や通信機器業界から批判されていました。

一方で「均衡の原則(Verhältnismäßigkeitsgrundsatz )」はドイツにおいて憲法上の地位を有し(ドイツ憲法14条、19条)、ドイツ民法でも当該原則が考慮されるとされています(ドイツ民法242条、275条)。さらに2016年の「Wärmetauscher」判決でドイツ最高裁(Bundesgerichtshof)は、特許権者が差止請求権を直ちに行使することが、侵害者に不均衡な困難が生じる場合、ドイツ民法242条に定める信義則の観点から差止の猶予期間による差止請求権の制限がケースバイケースで必要になることを示しました。これは現行法でも均衡性を考慮し差止請求権の制限が認められ得ることを示します。

しかしながらこれまで地裁、高裁はこの均衡性の検討に消極的でした。そこで地裁および高裁でもこの均衡性の検討を積極的に促すために今回ドイツ特許法139条の改正案が提案されました。

改正案の内容

赤字で示した部分が今回の改正案で追加された内容になります。

特許法139条(1)
第9条から第13条までに違反して特許発明を実施する者に対して、反復の危険があるときは、被侵害者は、差止による救済を請求することができる。この請求権は、初めての違反行為の危険があるときにも適用される。この請求は、個々の事案の具体的な状況により、執行が侵害者又は第三者に不均衡な困難を強いることになり、それが排他的権利によって正当化されない場合には除外される。この場合、侵害された当事者は、合理的と思われる限りにおいて、金銭的補償を要求することができる。このことは、第2項に基づく損害賠償請求に影響しない。

原文
Wer entgegen den §§ 9 bis 13 eine patentierte Erfindung benutzt, kann von dem Verletzten bei Wiederholungsgefahr auf Unterlassung in Anspruch genommen werden. 2Der Anspruch besteht auch dann, wenn eine Zuwiderhandlung erstmalig droht. Der Anspruch ist ausgeschlossen, soweit die Inanspruchnahme aufgrund der besonderen Umstände des Einzelfalls für den Verletzer oder Dritte zu einer unverhältnismäßigen, durch das Ausschließlichkeitsrecht nicht gerechtfertigten Härte führen würde. In diesem Fall kann der Verletzte einen Ausgleich in Geld verlangen, soweit dies angemessen erscheint. Der Schadensersatzanspruch nach Absatz 2 bleibt hiervon unberührt.

どんな場合に不均衡と認められるか?

改正案では不均衡な場合には差止請求権が制限されるものとしたものの、どういった場合に不均衡となるのかの基準が全くありません。この改正案における均衡性の基準の不明確さは産業界だけでなく2)上院に相当する連邦参議院(Bundesrat)からも批判されています3)。一方ドイツ政府は実際のケースの多様性を鑑みて敢えて具体的な基準を設けなかったとしています。そしてドイツ政府は改正法案の説明で均衡性の検討のポイントとして、①差止による特許権者の利益、②差止による経済的影響、③製品の複雑性、④主観的要素、⑤第三者の利益を例示しました。

ドイツ政府が例示したそれぞれのポイントにおいて差止請求権の制限が認められる方向に働く材料(Pro 差止制限)、認められない方向に働く材料(Contra 差止制限)をまとめると以下のようになります。

  Pro 差止制限 Contra 差止制限
① 特許権者の差止に対する関心

特許権者自身は実施していおらず、特許権者の主な関心は権利によるマネタイズである(ただし特許権者が実施していないことのみの理由は差止請求権の制限に十分でない)。

特許権者自身が特許発明を実施している。
② 製品の複雑性 再設計が困難。例:再設計に別途公的認可が必要になる。 再設計が容易。例:複雑な製品の部品の非必須要素が特許侵害を構成している。
③ 経済的影響 侵害製品の開発、製造に莫大な投資がされてきた。 侵害製品の開発、製造にほとんど投資がされていない。
④ 主観的要素 ・侵害者が侵害予防(FTOなど)のために措置を講じていた。
・侵害者がライセンスを得るための努力をしていた。
・特許権者が不誠実であった。例:特許権者は早期に権利行使をすることが出来たにも関わらず、侵害者が多くの投資をした後に意図的に権利行使をした。
・侵害者が侵害予防のための措置を講じていなかった。
・特許権者が誠実であった。
⑤ 第三者の利益 第三者の基本的権利が損なわれている。単に 第三者の利益が損なわれているだけでは不十分。例:差止命令によって、侵害者の重要な製品を患者に供給することが保証されなくなったり、重要なインフラが著しく損なわれたりする。 第三者の利益が損なわれていない。

今後の流れ

ドイツの立法手続の流れにおける本改正法案の現在の位置は以下の通りです。

ドイツ政府が法案作成

連邦参議院(Bundesrat)による見解

連邦議会(Bundestag)における第1読会(Lesung)←今ココ

連邦議会における第2読会

連邦議会における第3読会(可決or否決)

連邦参議院可決or否決

ドイツ大統領による署名

発効

連邦議会(下院に相当)における第1読会の議事録を見る限り、当該改正法案は議会内からも多くの批判があるようです4)。このため当該改正法案がこのままの状態で連邦議会を通過できるかが明らかではありません。また上述のように上院に相当する連邦参議院は当該法案に難色を示しています。このため法案が仮に連邦議会を通過できたとしても連邦参議院を通過できるかが定かではありません。今後の展開を見守りたいと思います。

出典

1)第2次特許法等改正に係る特許法の簡素化・現代化のための法案
2)https://rsw.beck.de/aktuell/daily/meldung/detail/modernisierung-des-patentrechts-bei-experten-umstritten
3)https://www.bundesrat.de/SharedDocs/drucksachen/2020/0601-0700/683-20.pdf?__blob=publicationFile&v=1
4)https://www.bundestag.de/dokumente/textarchiv/2021/kw04-de-patentrecht-817388

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