数値範囲は明細書で通常、以下のように段階的に狭くなりながら開示されます。
「本発明の組成物におけるAの濃度は1~20%であり、5~15%であることが好ましく、8~12%であることが特に好ましい。また本発明の組成物におけるBの濃度は10~30%であり、15~25%であることが好ましく、18~22%であることが特に好ましい。」
このような記載があれば日本では補正により数値範囲の組合せを導入することは難しくはありません。例えば上記明細書の記載に基づき「Aの濃度は5~15%であり、Bの濃度は10~30%である」といった特徴を補正により導入したとしても日本では新規事項の追加とみなされることはまずないかと思います。
しかし欧州ではこのような補正が新規事項の追加と判断されるリスクがあります。具体例として欧州特許庁の審判部の判決T 1476/15を紹介します。
I. 背景
出願時のクレーム1
…少なくとも1種のポリアミンと、植物および酵母からなる群に由来する少なくとも1種のタンパク質加水分解物とを含む、動物性タンパク質非含有細胞培養液。
明細書
段落0031:
動物タンパク質不含細胞培養液の好ましい実施形態において、ポリアミンの濃度は、培地中に約0.5mg/L〜約30mg/L、より好ましくは約0.5mg/L〜約20mg/L、さらに好ましくは約0.5mg/L〜約10mg/L、より好ましくは約2mg/L〜約8mg/L、最も好ましくは約2〜5mg/Lの範囲の濃度で存在する。
段落0032:
好ましい実施形態では、動物タンパク質非含有細胞培養液中の植物および/または酵母由来タンパク質加水分解物の総濃度は、約0.05%〜約5%(w/v)、より好ましくは約0.05%〜約2%(w/v)、さらに好ましくは約0.05%〜約1%(w/v)、より好ましくは約0.05%〜約0.5%(w/v)、最も好ましくは約0.25%(w/v)である。
補正後のクレーム
…少なくとも1種のポリアミン2mg/L〜8mg/Lと、植物および酵母からなる群に由来する少なくとも1種のタンパク質加水分解物0.05%〜0.5%(w/v)と、を含む、動物性タンパク質非含有細胞培養液。
II. 論点
ポリアミンの濃度「2mg/L〜8mg/L」とタンパク質加水分解物の濃度「0.05%〜0.5%(w/v)」との組合せは出願当初書面から導き出せるか?
III. 審判部の結論
ポリアミンの濃度「2mg/L〜8mg/L」とタンパク質加水分解物の濃度「0.05%〜0.5%(w/v)」との組合せは出願当初書面から導き出せない。したがってクレームの補正は新規事項を追加し許されない。
IV. 決定の理由の抜粋
4.1.1 Even if one accepts that the two separate lists of increasingly preferred concentration ranges of elements, defined by the terms “preferred”, “more preferably” or “even more preferably” and “most preferably”, consist of two lists of converging concentration ranges, there is neither an explicit nor an implicit yet direct and unambiguous disclosure in the patent application which indicates that the concentrations ranges of polyamines and plant- and yeast-derived protein hydrolysate must be read hierarchically and in parallel, where each parallel position in the sequence of five increasingly preferred embodiments of these two lists is combined. The identical number of concentrations ranges in both lists cannot by itself justify a parallel reading and establish a hierarchical and parallel link between these positions.
The structure of the lists themselves, starting with the broadest concentration ranges to the narrowest and most preferred concentration ranges, does not entail any indication that or why each of the second, third, and fourth concentration ranges of elements in both lists are to be combined in parallel, whereas the remaining combinations of concentration ranges combining any of the concentration ranges of the first list with any of the concentrations range of the second list in a non-parallel manner were not to be so combined.
(和訳)
4.1. 1 たとえ、「好ましい」、「より好ましい」又は「さらに好ましい」及び「最も好ましい」という用語によって定義される要素の濃度範囲の2つの別々のリストが、収束する濃度範囲の2つのリストからなることを認めたとしても、ポリアミン及び植物及び酵母由来のタンパク質加水分解物の濃度範囲を実施形態の順序における各並列位置を結合した階層的かつ並列に読まなければならないとする明示的又は暗示的な直接的かつ明白な開示は出願当初書面に存在しない。両リストの濃度範囲の数が同一であることは、それ自体で並列読みを正当化し、これらの位置の間に階層的かつ並列的なリンクを確立することはできない。
最も広い濃度範囲から最も狭く最も好ましい濃度範囲に始まるリストの構造自体は、両リストの要素の第2、第3及び第4の濃度範囲の各々が並列に組み合わされるべきであり、一方、第1のリストの濃度範囲のいずれかと第2のリストの濃度範囲のいずれかを非並列的に組み合わせるべきでは無いという示唆を含まない。
V. 解説
過去の判例ではこのように数値範囲が段階的に開示されている場合は同じ段階同士の組合せは可能とする判例が多かったですが(例えばT 1511/07)、最近ではこのような組合せも新規事項の追加に該当すると判断されることが増えました。
したがって
「本発明の組成物におけるAの濃度は1~20%であり、5~15%であることが好ましく、8~12%であることが特に好ましい。また本発明の組成物におけるBの濃度は10~30%であり、15~25%であることが好ましく、18~22%であることが特に好ましい。」
というように複数の数値範囲を開示する場合は、明細書だけでなく以下のような数値範囲を段階的に特定した従属クレームを開示しておくことが欧州において数値範囲同士の自由な組合せを可能にする観点から好ましいです。
「クレーム2
Aの濃度が1~20%である、クレーム1に記載の組成物。
クレーム3
Aの濃度が5~15%である、クレーム1または2に記載の組成物。
クレーム4
Aの濃度が8~12%である、クレーム1~3のいずれかに記載の組成物。
クレーム5
Bの濃度が10~30%である、クレーム1~4のいずれかに記載の組成物。
クレーム6
Bの濃度が15~25%である、クレーム1~5のいずれかに記載の組成物。
クレーム7
Bの濃度が18~22%である、クレーム1~6のいずれかに記載の組成物。」
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