以前の記事「 欧州ではクレームされた数値範囲が公知範囲とオーバーラップすると新規性が否定されます」では、クレームされた数値範囲が公知の数値範囲と一部オーバーラップする場合は原則、新規性が否定されることを説明しました。
しかしこの原則には例外があります。今回はこの原則の例外、つまりクレームされた数値範囲が公知の数値範囲と一部オーバーラップしたにも関わらず新規性が肯定された判例T 26/85を紹介します。
クレーム
クレーム1
低保磁力層(2)と、該低保磁力層上に形成され、磁気異方性が前記磁気記録層(3)の表面に対して垂直である磁気記録層(3)とからなり、該磁気記録層(3)の厚さが0.05µm~0.1µmの範囲であり、前記低保磁力層(2)の厚さが0.5〜2.0µmの範囲であることを特徴とする、磁気記録媒体。
先行技術文献(D1)
「磁気記録層の厚さは3µm以下であり、 0.1~3µmであることが好ましく、0.5~3µmであることが最も好ましい。」
「記録層の厚さが小さすぎると・・・再生出力が低いか不十分となる・・・・・・。したがって……記録層の最小厚さは少なくとも0.1µm、好ましくは少なくとも0.5µmである」
論点
「該磁気記録層(3)の厚さが0.05µm~0.1µmの範囲であり」という特徴は先行技術文献D1に開示されているか?
審判部の判断
「該磁気記録層(3)の厚さが0.05µm~0.1µmの範囲であり」という特徴は先行技術文献D1に開示されていないため、クレーム1の主題は新規である。
判決文の抜粋
9. It appears to the Board, therefore, that a realistic approach in assessing the novelty of the invention under examination over the prior art in a case where overlapping ranges of a certain parameter exist, would be to consider whether the person skilled in the art would in the light of the technical facts seriously contemplate applying the technical teachings of the prior art document in the range of overlap. If it can be fairly assumed that he would do so it must be concluded that no novelty exists.
[…]
13 In the present case, therefore, there exists in the prior art a reasoned statement clearly dissuading the person skilled in the art from using in a double layer medium a thickness of the recording layer below 0.1µm. In the light of the reasoning set out above, the Board is of the opinion that the range of thickness values below 0.1µm and in particular the range 0.05-0.1µm has to be regarded as novel.
和訳:
したがって、あるパラメータの範囲がオーバーラップしている場合に、審査対象の発明の先行技術に対する新規性を評価する際の現実的なアプローチは、技術的事実に照らして、当業者が重複する範囲において先行技術文献の技術的教示を適用しようと真剣に考えるかどうかを考慮することであると思われる。もし、そうすると仮定できるのであれば、新規性は存在しないと結論づけなければならない。
[…]
本件においては、先行技術中に、当業者が二層媒体において0.1µm未満の記録層の厚さを使用することを明らかに思いとどまらせる理由ある記載が存在する。以上の理由に照らして、審判部は、0.1µm以下の厚さの値の範囲、特に0.05〜0.1µmの範囲は新規であるとの見解である。
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当該判例から導き出せるクレームされた数値範囲が公知の数値範囲と一部オーバーラップしたにも関わらず新規性が肯定されるための条件は以下の通りです。
(1)数値範囲のオーバーラップの範囲が小さいこと
(2)先行技術にクレームされた数値範囲を採用しないことの積極的な示唆があること
当該判例はかなり古いですが、オーバーラップする数値範囲の新規性を考慮する際に「whether the person skilled in the art would in the light of the technical facts seriously contemplate applying the technical teachings of the prior art document in the range of overlap(技術的事実に照らして、当業者が重複する範囲において先行技術文献の技術的教示を適用しようと真剣に考えるかどうか)」を検討する当該判例で確立された考えはEPOのガイドラインにも採用されています。
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