EPOではどんな場合に実験データの追加が認められるか?

欧州特許庁における特に化学系の進歩性の議論では出願時の明細書に開示されていなかった追加実験データに基づいて効果を主張することが許され得ます。しかしどんな場合であっても追加実験データが許される訳ではありません。より具体的には出願当初書面および出願時の技術常識に基づいて主張されている効果を疑う理由(reason to doubt)がある場合には実験データの追加は認められません。以下に欧州特許庁における進歩性の議論で追加実験データが認められない2つのケースを具体例を用いて解説します。

(1)効果に関する記載もその効果をサポートする実施例も出願当初書面にない場合

この場合、効果をサポートする実験データの追加を認めてもらうことは難しいです。

例えば生物的分子を凍結乾燥の際に安定化させるための組成物に関する発明の特許性が争われたT 0415/11では、特許権者はClosest Prior Artに対する本願発明の差異的特徴であるスクロースの存在によってタンパク質を含まない純粋なMenC多糖類の安定性が向上する効果が得られると主張しました。また特許権者は当該効果を立証する追加実験データを提出しました。これに対して欧州特許庁の審判部は出願当初書面が開示しているのはタンパク質キャリアを有するMenC多糖類の安定性がスクロースによって向上したことであり、タンパク質を含まない純粋なMenC多糖類の安定性の向上に関する記載もそれをサポートするデータも無いと指摘しました。さらに審判部は、出願時の技術常識によれば生物的分子が凍結乾燥の際に不安定になるのはタンパク質の存在に因るものなので、そもそもタンパク質を含まない純粋なMenC多糖類に安定性の問題が生じること自体が怪しいと指摘しました。このため審判部は「純粋なMenC多糖類の安定性が向上する効果」をサポートする実験データの追加を認めず、「純粋なMenC多糖類の安定性が向上する効果」を進歩性の評価の際に考慮しませんでした。

(2)出願当初明細書に効果の記載はあるが効果をサポートする実施例がない場合

この場合はケースバイケースの判断がされます。出願当初明細書に効果をサポートする実験データが無くとも、先行技術、技術常識から追加実験データがサポートする効果を疑う理由が無い場合は、実験データの追加が認められます。

例えば、アロマターゼ阻害剤およびタモキシフェンによる治療が失敗した乳癌患者に対する抗がん剤としてのタモキシフェンの特許性が争われたT 0108/09では、出願当初書面にはフルベストラントがアロマターゼ阻害剤およびタモキシフェンによる治療が失敗した乳癌患者に有効であるという記載はあったものの、フルベストラントがアロマターゼ阻害剤による治療だけでなくタモキシフェンによる治療も失敗した乳癌患者に有効であることを示す実験データを開示した実施例はありませんでした。しかし特許権者は追加実験データを提出してフルベストラントがアロマターゼ阻害剤およびタモキシフェンによる治療が失敗した乳癌患者に有効であるという効果が生じることを立証しました。そして審判部は当該追加実験データを認めました。より具体的には、審判部はフルベストラントがタモキシフェンによる治療に失敗した乳癌患者にも抗がん剤として有効であることは複数の先行技術文献に示されていたため、フルベストラントがアロマターゼ阻害剤およびタモキシフェンによる治療が失敗した乳癌患者に有効であるという効果は生じうるとして、実験データの追加を認めました。

一方で、先行技術、技術常識から追加実験データがサポートする効果を疑う理由が存在する場合は、実験データの追加が認められません。

例えば、ペプチドGDF-9に関する発明の特許性が争われたT 1329/04では、出願人は明細書においてGDF-9は形質転換増殖因子-β(transforming growth factor-β:TGF-β)スーパーファミリーに属する新たな増殖分化因子であると主張しました。また特許権者は当該効果を立証する追加実験データを提出しました。これに対し審判部はGDF-9が増殖分化因子であることを示す証拠が出願当初書面に存在していないだけでなく、GDF-9は既知のTGF-βスーパーファミリーと構造的に大きくことなるのでTGF-βとして機能すること自体が怪しいと指摘しました。より具体的にはGDF-9にはTGF-βスーパーファミリーに特徴的な7つのシステイン残基を有するモチーフが存在しておらず、さらに既知のTGF-βスーパーファミリーとのアミノ酸配列の相同性も34%と極めて低いので、GDF-9はTGF-βとして機能すること自体が怪しいと指摘し、実験データの追加を認めませんでした。

(3)備考

一方で上述した「効果を疑う理由」という基準とは異なる基準で追加実験データが認められたり認められなかった判例も多々あります。つまり欧州特許庁の進歩性の議論においてどのような場合に追加実験データが認められるかの基準は明確ではありません。現在当該基準に関する質問が拡大審判部に付託されています(過去の記事「弊所が代理する案件がEPOの拡大審判部で審査されます」をご参照ください)。拡大審判部により当該基準が明確になることを期待したいです。

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