どのような場合に好ましい数値範囲を除く補正が許されるか?

以前の記事「欧州特許庁における数値範囲の補正」では、以下のような広い範囲の下限(または上限)と好ましい範囲の下限(または上限)とを組み合わせる補正、すなわち好ましい数値範囲を除く補正は「クレームで言及されている範囲での作業を当業者が真剣に考える(the skilled reader would seriously contemplate working in the range referred in the claim)」場合に許されると説明しました。

「本発明の組成物は化合物Xを5~20wt%、より好ましくは10~15wt%含む。」

①化合物Xを5~10wt%含むことを特徴とする組成物。
②化合物Xを15~20wt%含むことを特徴とする組成物。

しかし「クレームで言及されている範囲での作業を当業者が真剣に考える」という表現だけでは抽象的過ぎて具体的にどういった場合が該当するかがよく分かりません。

そこで過去の判例を参照しこのようなタイプの数値範囲の補正が、どのような場合に許され、どのような場合にゆるされなかったかを紹介します。

1.補正が許された場合

T 1170/02

本ケースでは出願当初の明細書の「粒子の平均粒径は層Aの厚さの0.1~10倍、好ましくは0.5~5倍」という記載に基づきクレームに「粒子の平均粒径は層Aの厚さの0.1~0.5倍」という特徴が追加されました。また出願当初明細書には粒子の平均粒径が層Aの厚さの0.5倍になる実施例が開示されており、かつ当該実施例により好ましい結果が得られることが示されていました。審判部は「0.5倍」という特徴を有する実施例が出願当初明細書に開示されていることそして好ましい効果を達成していることを鑑みて「粒子の平均粒径は層Aの厚さの0.1~0.5倍」は出願当初明細書に直接的かつ明確(directly and unambiguously)に開示されていると判断しました。

T 2377/16

本ケースでは出願当初明細書の「水の量はセメントの22%~200%、好ましくは40%~100%」という記載に基づきクレームに「水の量はセメントの100%~200%」という特徴が追加されました。また出願当初明細書には水の量がセメントの100%~200%の範囲内にある複数の実施例が開示されていました。審判部はクレームされた範囲内の実施例が出願当初明細書に開示されていることを鑑みて「水の量はセメントの100%~200%」は直接的かつ明確に開示されていると判断しました。

T 1398/08

本ケースでは出願当初明細書の「Si含量は0.3~1.5wt%である。好ましくはSi含量は少なくとも0.4wt%である」という記載に基づきクレームに「Si含量は0.3~0.4wt%である」という特徴が追加されました。一方、出願当初明細書にはSi含量が0.3~0.4wt%である実施例は含まれていませんでした。審判部は出願当初明細書はSi含量が0.3~0.4wt%である実施例は含まないものの「出願当初明細書または当業者の技術常識に、当業者がその範囲での実施の可能性を排除するようなものはない(There is also nothing in the parent application as filed or the common general knowledge which would cause the skilled reader to exclude the possibility of working in that range)」として「Si含量は0.3~0.4wt%である」は直接的かつ明確に開示されていると判断しました。

2.補正が許されなかった場合

T 2700/16

本ケースでは出願当初明細書の「粒子の粒径は1nm~500μm、好ましくは5nm~100μm」という記載に基づきクレームに「粒子の粒径は100μm~500μm」という特徴が追加されました。一方、出願当初明細書には粒子の粒径が100μm~500μmの範囲の実施例が含まれていませんでした。また出願当初明細書には「粒子の平均粒径は好ましくは5nm~100μm」という記載がありました。審判部は「粒子の粒径は100μm~500μm」である場合、平均粒径は必ず100μm超となり明細書の「粒子の平均粒径は好ましくは5nm~100μm」という記載と矛盾するとして「粒子の粒径は100μm~500μm」は出願当初書面の開示範囲を超えると判断しました。

3.まとめ

T 1170/02およびT 2377/16からもわかるようにクレームされた範囲の実施例が出願当初明細書に存在する場合はこのタイプの数値範囲の補正は許されます。またT 1398/08からわかるように仮にクレームされた範囲の実施例が出願当初明細書に存在しない場合であっても特段の事情が無い限り許されます。

一方でT 2700/16から明らかなようにクレームされた範囲が明細書の他の記載と矛盾するような場合はこのタイプの補正は許されません。

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