以前の記事「UPCではクレーム解釈に包袋内容も参酌され得ます」ではUPCのミュンヘン地方部が下した決定に基づいて統一特許裁判所では侵害訴訟のクレーム解釈において包袋内容を参酌する可能性があることを説明しました。
今回は統一特許裁判所の控訴裁判所(Court of Appeal)が仮差止手続のクレーム解釈において特許権者が欧州特許庁の審判手続きでした主張を参酌したAPL_40470/2024を紹介します。
I. 背景
特許公報のクレーム1
SEQ ID NO:2からなる重鎖およびSEQ ID NO:4からなる軽鎖を含み、C5に結合する抗体。
特許明細書
SEQ ID NO: 4 – Eculizumab Light chain
II. 欧州特許庁の審判(拒絶査定不服審判)における特許権者(出願人)と審判部とのやり取り
特許権者「SEQ ID NO: 4はEculizumab Light chainのアミノ酸配列以外にさらに22のアミノ酸からなるシグナルペプチド含む。これは明確な誤記なのでSEQ ID NO: 4をSEQ ID NO: 4からシグナルペプチドを除いた配列に置き換える。」
審判部「SEQ ID NO: 4をSEQ ID NO: 4からシグナルペプチドを除いた配列に置き換えることは新規事項の追加のため許されない。」
特許権者「それではEculizumab Light chainのアミノ酸配列以外にさらにシグナルペプチドを含むSEQ ID NO: 4を保持したままで特許査定をリクエストする。」
審判部「SEQ ID NO: 4が、Eculizumab Light chainのアミノ酸配列以外にさらにシグナルペプチドを含むことを鑑みるとSEQ ID NO: 4はC5への結合能を有するEculizumab Light chainであるとは言えない。そうすると余計なシグナルペプチドをさらに含むSEQ ID NO:4からなる軽鎖を含む抗体はC5への結合能がないのではないのか?」
特許権者「余計なシグナルペプチドさらに含むSEQ ID NO:4からなる軽鎖を含む抗体でもC5に対する結合能を有する!(証拠無し)」
審判部「特許査定」
III. UPC第一審(ハンブルグ地方部)の判断
33.平均的な当業者は、クレームを考慮し、当該技術分野に精通した者が、実施すれば当該発明の意図する成功につながる技術的教示を得られるように解釈するであろう。軽鎖SEQ ID NO: 4に含まれるシグナルペプチドを有するクレームされた抗体は、C5と結合できないと認識するであろう。特許権者は欧州特許庁の審判において、証拠を提示することなく、クレームされた抗体はC5と結合可能と主張はしたものの、本件手続きにおいては、軽鎖SEQ ID NO: 4がC5と結合できないことは当事者間で争いがない。したがって、平均的な当業者は、本件の場合、C5と結合し薬剤として機能するという発明の意図する成功につながるような方法でクレームを解釈しようとするであろう。これには、SEQ ID NO: 4のN末端におけるシグナルペプチド配列の典型的な特徴を認識することが含まれる。
IV. 論点
特許権者が欧州特許庁における審判過程で主張した「余計なシグナルペプチドをさらに含むSEQ ID NO:4からなる軽鎖を含む抗体であってもC5に対する結合能を有する」という主張を侵害訴訟で無視することは許されるか?
V. 控訴裁判所の判断
特許権者が欧州特許庁における審判過程で主張した「余計なシグナルペプチドをさらに含むSEQ ID NO:4からなる軽鎖を含む抗体であってもC5に対する結合能を有する」という主張を侵害訴訟で無視することは許されない。
VI. 判決の抜粋
42. Moreover, in the proceedings before the TBA, Alexion submitted that the position of the three respective CDR sequences in SEQ ID NO:4 is sufficiently distant from the N-terminal signal peptide to dissuade the skilled person from doubting that this longer light chain would also bind to C5 as required by the patent claims. This argument was accepted by the TBA, which accordingly concluded that the claimed antibody was sufficiently disclosed in the patent (T 1515/20, par. 35 and 36). This confirms that it is not sufficiently certain for the average skilled person that the longer light chain was an error.
43. The Court of First Instance took the view that Alexion’s aforementioned assertions in the proceedings before the TBA must not be considered as Alexion abandoned them and, now in the proceedings before the Court, takes the view that an antibody with the complete SEQ ID NO: 4, including the first 22 amino acids, is not functional. However, this view ignores the fact that the patent claim must be interpreted from the perspective of the person skilled in the art. Alexion’s assertion during the grant proceedings, and in particular the TBA’s endorsement thereof, can be seen as an indication of the view of the person skilled in the art at the filing date.
和訳:
42. さらに、技術審判部の審理において、アレクシオン社は、SEQ ID NO:4における3つのCDR配列の位置は、N末端シグナルペプチドから十分に離れているため、当業者はクレームで要求されているように、このより長い軽鎖もC5に結合することを疑うことはない、と主張した。この主張は技術審判部によって認められ、それゆえ、クレームされた抗体は特許で十分に開示されていると結論づけられた(T 1515/20、第35項および第36項)。これは、平均的な当業者にとって、より長い軽鎖がエラーであると十分に確信できるものではないことを裏付けている。
43. 第一審裁判所は、技術審判部での手続きにおけるアレクシオン社の前述の主張は、アレクシオン社がそれらを放棄したとみなされるべきではないという見解を示し、現在、裁判所での手続きにおいて、最初の22アミノ酸を含む完全なSEQ ID NO:4の抗体は機能的ではないという見解を示している。しかし、この見解は、クレームは当業者の視点から解釈されなければならないという事実を無視している。アレクシオン社の特許付与手続きにおける主張、特に技術審判部による支持は、出願日における当業者の見解を示すものと見なすことができる。
VII. 解説
ドイツの侵害訴訟でも審査過程における出願人の主張が参照されますが、審査過程における出願人の主張が「当業者の見解を示すもの(an indication of the view of the person skilled in the art)」を構成するとまで言い切った判決は存在しません。
今回、一地方部ではなく控訴裁判所がこのような判断を下したということは、統一特許裁判所は実質的に包袋禁反言を採用する可能性が高いことを示唆します。