欧州単一効特許と国内先願後公開出願との関係

EPC138条および139条(2)により欧州特許の各国部分はその国の先願後公開特許出願(日本でいうところの特許法29条の2の先の出願)によって取り消されることがあります。

例えば以下の例1では欧州特許Bのドイツ部分はドイツ国内の先願後公開出願であるドイツ特許出願Aにより新規性が否定されるため、ドイツにおける無効手続きで欧州特許Bのドイツ部分が取り消され得ます。一方で欧州特許Bのフランス部分およびオランダ部分に対してはドイツ特許出願Aは何ら影響を及ぼしません。したがってドイツ特許出願Aの存在を理由に欧州特許Bのフランス部分およびオランダ部分が取り消されることはありません。

例1:
2020年2月4日 ドイツ特許出願A 発明Xを開示
2020年4月3日 欧州特許出願B 発明Xを開示
2021年8月4日 ドイツ特許出願A 公開
2022年5月9日 欧州特許出願B 特許査定→欧州特許Bはドイツ、フランス、オランダで有効化

それでは上記例1で欧州特許Bが以下の例2ように欧州単一効特許の場合はどう取り扱われるのでしょうか?

例2:
2020年2月4日 ドイツ特許出願A 発明Xを開示
2020年4月3日 欧州特許出願B 発明Xを開示
2021年8月4日 ドイツ特許出願A 公開
2022年5月9日 欧州特許出願B 特許査定→欧州単一効特許B

UPC協定65条(2)では、EPC138条および139条(2)が準用されています。そうするとドイツにも効力が及ぶ欧州単一効特許Bは、上記例1に倣ってドイツ国内の先願後公開出願であるドイツ特許出願Aにより取り消され得ると考えることも可能です。しかしドイツ国内の先願後公開出願の存在のみを理由にフランス、オランダ、イタリア等のドイツ以外のUPCA参加国にまで効力が及ぶ欧州単一効特許Bが一括で取消しになるのは酷な気もします。

実はこの問題、私が知る限りまだ公式な解決策は公表されていません。

一方で欧州特許庁のセミナーによると少なくとも欧州特許庁は、財産の対象としての欧州単一効特許の取扱いを規定する規則(EU)No 1257/2012第7条を準用することで当該問題を解決すべきとしているようです(財産の対象としての欧州単一効特許の取扱いについては以前の記事「欧州単一効特許に基づくライセンス契約または譲渡契約にはどの国の法律が適用されるか?」をご参照下さい)。

つまり欧州特許庁の考えによれば、欧州単一効特許の出願人の居住地または事業所の所在地によって国内の先願後公開出願の取扱いが変わってきます。以下に例3および例4を用いて説明します。

例3:
2020年2月4日 ドイツ特許出願A 発明Xを開示
2020年4月3日 欧州特許出願B(出願人の住居地はドイツ) 発明Xを開示
2021年8月4日 ドイツ特許出願A 公開
2022年5月9日 欧州特許出願B 特許査定→欧州単一効特許B

例3の場合、欧州単一効特許Bの出願人の住居地はドイツなので欧州単一効特許Bはドイツ特許として取り扱われます。このためドイツ国内の先願後公開出願であるドイツ特許出願Aにより新規性が否定されるためドイツ特許出願Aの存在を理由に欧州単一効特許B全体が取り消され得ます。

例4:
2020年2月4日 ドイツ特許出願A 発明Xを開示
2020年4月3日 欧州特許出願B(出願人の住居地はオランダ) 発明Xを開示
2021年8月4日 ドイツ特許出願A 公開
2022年5月9日 欧州特許出願B 特許査定→欧州単一効特許B

例4の場合、欧州単一効特許Bの出願人の住居地はオランダなので欧州単一効特許Bはオランダ特許として取り扱われます。このためドイツ特許出願Aは欧州単一効特許Bに何ら影響を及ぼさず、ドイツ特許出願Aの存在を理由に欧州単一効特許Bが取り消されることはありません。

このように国内先願後公開出願が欧州単一効特許の有効性に影響を及ぼすか否かは、欧州単一効特許の出願人の住居地または事業所の所在地に依存する可能性があります。

この問題の最終的な判断はUPC協定発効後に統一特許裁判所が下すことになりますが、このような取扱いがされる可能性があることは意識しておいたほうが良いかと思います。

参考条文

EPC Article 138 [Revocation of European patents]

(1)Subject to Article 139, a European patent may be revoked with effect for a Contracting State only on the grounds that:
(a)the subject-matter of the European patent is not patentable under Articles 52 to 57;
(b)the European patent does not disclose the invention in a manner sufficiently clear and complete for it to be carried out by a person skilled in the art;
(c)the subject-matter of the European patent extends beyond the content of the application as filed or, if the patent was granted on a divisional application or on a new application filed under Article 61, beyond the content of the earlier application as filed;
(d)the protection conferred by the European patent has been extended; or
(e)the proprietor of the European patent is not entitled under Article 60, paragraph 1.

EPC Article 139 [Prior rights and rights arising on the same date]

(1)In any designated Contracting State a European patent application and a European patent shall have with regard to a national patent application and a national patent the same prior right effect as a national patent application and a national patent.
(2)A national patent application and a national patent in a Contracting State shall have with regard to a European patent designating that Contracting State the same prior right effect as if the European patent were a national patent.

UPCA ARTICLE 65 [Decision on the validity of a patent]

(1) The Court shall decide on the validity of a patent on the basis of an action for revocation or a counterclaim for revocation.
(2) The Court may revoke a patent, either entirely or partly, only on the grounds referred to in Articles 138(1) and 139(2) of the EPC.

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