欧州向け明細書では効果を垂直展開することが好ましいです

先日の記事「欧州向け明細書では効果を水平展開することが好ましいです」では、欧州向けの明細書では「効果の水平展開」つまり1つの特徴に対して2以上の異質な効果を明記しておくとが好ましいことを説明しました。
今回は同質の効果を掘り下げること、つまり「効果の垂直展開」も欧州では好ましいことを例を用いて説明します。

例1 効果の垂直展開無し

クレーム: A+B+C+Dを含むがん治療用組成物
明細書: Dという特徴により肺ガンに対する優れた効果が得られる
Closest Prior Art: A+B+Cを含むがん治療用組成物
客観的技術的課題: 肺ガンに対する優れた効果を有するがん治療用組成物を提供すること
副文献: 「Dを追加すれば肺ガンに対する効果が向上するので好ましい 」
進歩性無し

例2 効果の垂直展開有り

クレーム: A+B+C+Dを含むがん治療用組成物+
明細書:Dという特徴により肺ガンに対する優れた効果が得られる。
    特に成人の肺ガンに対する優れた効果が得られる。
    特に成人男性の肺ガンに対する優れた効果が得られる。
    特にアジア人成人男性の肺ガンに対する優れた効果が得られる。
    特に静脈内投与でのアジア人成人男性の肺ガンに対する優れた効果が得られる。
Closest Prior Art: A+B+Cを含むがん治療用組成物。 
客観的技術的課題: 静脈内投与でのアジア人成人男性の肺ガンに対する優れたがん治療用組成物を提供すること
副文献: 「Dを追加すれば肺ガンに対する効果が向上するので好ましい 」
進歩性有り

解説

上記の例1のように差異的特徴のDの効果が「肺ガンに対する優れた効果が得られる」のみの場合は、「Dを追加すれば肺ガンに対する効果が向上するので好ましい 」ことを示唆する副文献の存在によって進歩性が否定されてしまいます。

一方で上記の例2のように差異的特徴のDの効果が垂直的に展開されている場合、「静脈内投与でのアジア人成人男性の肺ガンに対する優れたがん治療用組成物を提供すること」というような極めて特殊な客観的技術的課題を設定できます。この場合「Dを追加すれば肺ガンに対する効果が向上するので好ましい 」ことを示唆する副文献していたとしても、この副文献はDが静脈内投与でのアジア人成人男性の肺ガンに対する効果が向上することを示唆していないので、進歩性が認められます。

効果の垂直展開の更なるメリットは効果を否定しにくいことです。

例えば欧州特許庁の異議などでは異議申立人が追加実験で発明の効果を否定し進歩性を攻撃することがよくなされます。この場合効果が広い場合は効果を否定することが容易です。例えば例1の「Dを追加すれば肺ガンに対する効果が向上するので好ましい 」が唯一の効果である場合、Dを追加しても女性に対しては効果が無いことを立証すれば効果を否定できます。一方で「静脈内投与でのアジア人成人男性の肺ガンに対する優れたがん治療用組成物を提供すること」が効果の場合は、患者としてアジア人成人男性を集め、かつ静脈内投をしなければならないので追加実験のハードルが一気に上がります。このように効果が特殊であればあるほど異議申立人にとってはその効果を否定する実験データを確保するのが困難になります。

記載の観点からの効果の垂直展開のハードルは高くありません。効果を垂直的に展開するには明細書での効果の明記は無くとも実施例のデータで特殊な効果が導出できれは十分です。例えば例2では効果の明記は無くとも実施例のデータによりDにより静脈内投与でのアジア人成人男性の肺ガンに対する効果が向上することを導き出すことができれば、客観的技術的課題を「肺ガンに対する優れた効果を有するがん治療用組成物を提供すること」と「静脈内投与でのアジア人成人男性の肺ガンに対する優れたがん治療用組成物を提供すること」との間で自由に選択することができます。

ここまで書くと「クレームにはなんの効果の記載も無いのに、本当にこんな特殊な効果に基づいて進歩性が認められるの?」と疑問に思われる方も多いと思います。しかし欧州特許庁は効果がクレーム全体に亘って達成されないことには厳しいですが(過去の記事「どんな場合に課題が単なる代替物の提供と認定されてしまうか」をご参照ください)、効果がクレーム全体に亘って達成されているのであればその効果がどれほど特殊であったとしても、進歩性の議論で考慮されます(例えばT116/18参照)。

このように明細書において効果を垂直展開しておけば、状況に応じて進歩性を主張しやすい効果を選択することができ進歩性を確立しやすくなります。

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