スイスタイプクレームが生まれそして消えた歴史的背景のまとめ

欧州では、長年「疾患Xの治療用医薬を製造するための化合物の使用」という記載方法に特徴付けられたスイスタイプクレームというクレーム記載方法が用いられていました。しかし近年の新たな出願ではこのようなクレーム記載方法を見ることはありません。なぜこのようなまどろっこしい記載のスイスタイプクレームが生まれ、そしてなぜ表舞台から消えたのかをまとめてみました。

設立当初の欧州特許庁「こんにちは、ご存知欧州特許庁です。以後よろしくおねがいします。ちなみに化合物はそれ自体が既知でも医薬用途を初めて発見した場合(第1医薬用途)、化合物をその医薬用途に限定すれば新規性ありとしますね。よく考えてるでしょ。」

産業界「ふむふむ。ところで第1医薬用途以外の医薬用途(第2医薬用途)も、当然新規性あるよな?」

欧州特許庁「えっ?」

産業界「えっ?!」

欧州特許庁「えっと、第2医薬用途の重要性までは想定されてなかったようです。あはは。」

産業界「ふざけんな。第2医薬用途も大事だろ。なんとかしろ!」

解説:1973年、欧州特許庁設立当時の欧州特許条約では、これまで医薬用途がなかった既知の化合物に対して初めて医薬用途(第1医薬用途)を発見したとき、当該化合物を当該医薬用途に限定した場合にのみ新規性を認めていました(旧EPC54条(5))。したがって条文上は、第1医薬用途以外の医薬用途を発見した場合であっても、第1医薬用途が公知であれば、新規性を確保できないこととなっていました。

スイス特許庁「まあまあ、産業界の皆さんもそう熱くならず。ところで欧州特許庁さん、わが国ではクレームの記載をチョチョイといじって「疾患Xの治療用医薬を製造するための化合物の使用(スイスタイプ)」にすれば第2医薬用途にも新規性を認めることとしたんですが、こんな感じでよきにはからってはいかがですか?」

欧州特許庁「(でかした、スイス!)スイス特許庁さんの提案に従ってクレームの記載をスイスタイプにすれば第2医薬用途の新規性を認めることとします。ちなみに法律(欧州特許条約)の改正はいろいろ大人の事情で面倒なので判例での対応で勘弁して下さいね。」

産業界「スイスタイプクレームかぁ。。。なんかまどろっこしい記載だけどこれで権利が取れるならよしとするか。」

解説:スイスでも第2医薬用途に限定した化合物の新規性が争われており、スイスではクレームの記載を「疾患Xの治療用医薬を製造するための化合物の使用」とすることで、当該化合物の新規性を認める判決を出していました。1984年、欧州特許庁の拡大審判部は、スイス特許庁の意見を参照し、化合物の第2医薬用途を有する医薬の製造のための使用に新規性を認める判決を出しました(G5/83)。これが「スイスタイプクレーム」という用語の由来です。ちなみにスイスの判決と同時期にドイツでは「疾患Xの治療のための化合物の使用」という記載で第2医薬用途にも新規性を認めるという判決を出しましたが(BGH GRUR 83, 729)、欧州特許庁はこのような記載は治療方法に該当するとして採用しませんでした(G01/83)。

・・・・・暫くして・・・・・

イギリス高裁「スイスタイプクレームかぁ・・・まあいいんじゃない。」

フランス高裁「スイスタイプクレームかぁ・・・まあいいんじゃない。」

オランダ特許庁「スイスタイプクレームかぁ・・・こんなもん特許にしたらいかんでしょ!ちなみに俺らは欧州特許条約には従うけど、欧州特許庁の審判部の判決になんて従う必要ないもんね。」

欧州特許庁「ファッ!?オランダぁ!テメー!!」

解説:判決の統一化のためのスイスタイプクレームの有効性は多くのEPC加盟国の間で認められていました。ところが1987年、オランダ特許庁の審判部は、スイスタイプクレームの有効性を疑問視する判決を出しました。これは欧州特許庁によって許可されたスイスタイプクレームが、オランダでは無効になる恐れがあることを意味します。

産業界「おいおい、欧州特許庁!お前が太鼓判を押したスイスタイプクレームがオランダ特許庁からダメだし受けてるぞ!大丈夫か!」

欧州特許庁「(チッ、オランダぁ!!)えっと、うん、わかりました。今度欧州特許条約が大規模に改正されるんで、そのときに第2医薬用途に限定した化合物にも新規性があることを条文で明記してもらいます。」

解説:EPC2000の改正により第2医薬用途に限定した化合物にも新規性があることが明示されました(現EPC54条(5))。これにより、「疾患Xの治療用医薬を製造するための化合物の使用」というスイスタイプクレームの表現を用いずとも「「疾患Xの治療用化合物」という表現で第2医薬用途の新規性を確保することができるようになりました。

産業界「おう、サンキュー、欧州特許庁。ところでスイスタイプクレームは今後どうなるの?」

欧州特許庁「誰とは言いませんが空気の読めない輩がスイスタイプクレームをダメだしする可能性が今後もあるので以後禁止にします。」

解説:2009年、欧州特許庁の拡大審判部は、法的安定性に欠けるスイスタイプクレームを禁止する判決を出しました(G2/8)。

参考文献
http://archive.epo.org/epo/pubs/oj007/08_07/special_edition_4_epc_2000_synoptic.pdf
欧州特許庁拡大審判部判決G01/83
欧州特許庁拡大審判部判決G05/83
欧州特許庁拡大審判部判決G02/08
Schulte

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