短編小説 弁理士がAIに負ける日①

近年の生成AIの進化を目の当たりにして、いずれ訪れるであろう弁理士の多くがAIに負ける日について短編小説を書いてみました。

的外れな部分もあるやもしれませんがご容赦ください。

異論、反論を歓迎します。

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「長谷川先生、お久しぶりです。今日は大事な話があります。」

そう言って訪れたのは、10年来のクライアントである藤田だった。藤田の会社は精密機械の分野で多くの特許を取得し、私はこれまでその出願と権利化を長年サポートしてきた。

「弁護士・弁理士機能を搭載した生成AI Taotyをご存知ですか?」

脳裏に最近話題の生成AIが浮かんだ。最新の大規模言語モデルを搭載するだけでは飽き足らず、発明のヒアリングから明細書作成、拒絶理由通知への対応までを一貫して処理できる弁理士機能まで搭載したものだ。巷では人間の弁理士並みのパフォーマンスと評判だった。

「ええ、聞いたことはありますが……。」

「実は、我が社も試験的に導入してみたんです。結論から言うと、ほぼ完璧でした。短時間で、しかも弁理士費用の10分の1以下で、十分に実用的な明細書が出力されるんです。」

私は無意識に拳を握り締めた。

「それは……いい話とは言えませんね。」

「先生、率直に申し上げます。我々は先生との取引きを終了し、Taotyに移行します。」

血の気が引いた。

「しかし、AIが生成した意見書には微妙なニュアンスの不足や、判例を考慮した調整ができない欠点があるはずです。それに、発明の多面的な保護アプローチが必要な明細書の作成には……」

「AIは学習を重ね、今では判例や審査傾向をリアルタイムで分析し、最適な主張を選びます。特許庁の審査官が指摘するポイントも、過去の審査例をもとにAIが瞬時に判断し、論理的な反論を組み立てる。はっきり言って、人間がやるより効率的です。」

藤田の言葉は冷たく、決定的だった。

「長谷川先生には感謝しています。本当に。しかし、これからの特許業務は、コストとスピードの時代です。AIがすべて処理できるなら、私たちはもう先生に頼る理由がないんです。」

「……本当に、もう必要ないと?」

「ええ。申し訳ありません。」

***

その夜、事務所のデスクに座り、開いたままのPC画面をぼんやりと眺めていた。そこには、最新の弁理士向けAIニュースが表示されていた。

「大手特許事務所の閉鎖相次ぐ – AIが弁理士業務を完全代替」

「完全代替……か。」

机の引き出しから、かつて誇りを持って取得した弁理士バッチを取り出した。指でなぞると、表面は少し摩耗し、色褪せていた。

数年前までは誰もが「人間の判断は不可欠」だと言っていた。私も信じて疑わなかった。しかし、AIは着実に学習し、もはや私の「判断」すら不要にしてしまったのだ。

特許法の解釈?
審査基準の変更?
クライアントのビジネス戦略?

それらすら、AIは数百万件の事例を分析し、瞬時に最適解を導き出す。弁理士が数時間、あるいは数日かけて行っていた作業が、AIなら数秒で完了する。

もちろんAIの台頭によって新たに生まれた仕事もある。

情報工学の博士号をもつ友人の佐藤弁理士は持ち前のアルゴリズムの知識を生かして生成AIのアウトプットを分析し、生成AIを教育するAI監査のポジションを得たと聞く。しかしAIの台頭によって新たに生まれた仕事はこれまで以上に我々人間に能力とスピードを要求する。私には要求に応えられる能力も無ければ、キャッチアップする気力も無いことを自分が一番よく理解していた。

私は椅子の背にもたれ、静かに息を吐いた。

「潮時だ。」

私は弁理士バッジをそっと机の上に置いた。

この手で築いてきたものが消え去る。だが、不思議と恐れはなかった。むしろ、どこかで解放されたような気すらした。

思えば、AIが発明を解析し、特許を量産し始めたころから、「何を守るべきなのか」が分からなくなっていた。

弁理士として、私は発明を守ることに人生を捧げてきた。だが今、価値のある発明を定義し、知財を管理するのもまたAIだとしたら、人間がいることの意義は何なのか?

「田舎の田んぼか……」

長年、仕事に追われる日々で、親が残してくれた土地のことなどほとんど考えたこともなかった。だが、土に触れ、陽の光を浴びる生活も悪くない。今ならそう思える。

人間らしく生きる。もしかするとそれが人間に残された最後の仕事なのかもしれない。

私は立ち上がり、バッジを手に取った。

色褪せたその小さな金属を握りしめ、私は新しい朝を迎える準備をすることにした。

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