クレーム補正後の明細書の適合(adaptation of the description)の要否について扱ったG1/25について、欧州特許庁の拡大審判部の審決が2026年9月3日に公表されました。
以下に拡大審判部の審決と今後の実務に与える影響について解説します。
背景
欧州特許庁では、審査または異議過程においてクレームを補正した場合、明細書を補正後のクレームに適合させることが求められるのが通常でした。
しかしこの明細書の適合の根拠となる法的義務がEPC上存在するかについては、審判部の審決が割れており、明らかとなっていませんでした。
T 697/22において審判部はこの明細書の適合の要否を明確にすべく以下の3つの質問を拡大審判部に付託しました。
質問1
「欧州特許のクレームが異議申立手続または異議申立審判手続において補正され、その補正によって補正後のクレームと当該特許の明細書との間に不整合(inconsistency)が生じた場合、EPCの要件を満たすために、そのinconsistencyを解消するよう明細書を補正後のクレームに適合させる必要があるか。」
質問2
「質問1が肯定的に回答される場合、EPCのどの要件がそのような適合を必要とするのか。」
質問3
「欧州特許出願のクレームが審査手続または審査審判手続において補正され、その補正によって補正後のクレームと当該特許出願の明細書との間にinconsistencyが生じた場合、質問1および質問2に対する回答は異なるものとなるか。」
拡大審判部の決定
拡大審判部は、上記の付託された質問に対して以下のように回答しました。
質問1
欧州特許のクレームが異議申立手続または異議申立審判手続において補正され、その補正によって補正後のクレームと当該特許の明細書(図面を含む)との間にinconsistencyが生じた場合、EPCの要件を満たすために、そのinconsistencyを解消するよう明細書(図面を含む)を補正後のクレームに適合させる必要があるか。
回答:
そのinconsistencyがEPCの要件を満たさない結果をもたらすものである場合には、Yes(必要である)。
質問2
質問1が肯定的に回答される場合、EPCのどの要件がそのような適合を必要とするのか。
回答:
クレームが補正された場合に、あらゆる状況において明細書(図面を含む)の適合を要求する単一のEPCの規定が存在するわけではない。明細書の適合が必要であるか否かは、個々の事案において、その不整合によってEPCの要件を満たさなくなるか否かによって決まる。したがって、必要な明細書の適合の法的根拠は、問題となる不整合によってその要件を満たさなくなったEPCの規定そのものである。
質問3
欧州特許出願のクレームが審査手続または審査審判手続において補正され、その補正によって補正後のクレームと当該特許出願の明細書(図面を含む)との間にinconsistencyが生じた場合、質問1および質問2に対する回答は異なるものとなるか。
回答:
No(異ならない)。したがって、上記の考え方は異議申立手続だけでなく、審査手続および審査審判手続にも同様に適用される。
以上を踏まえ、拡大審判部は最終的に以下のOrderを示しました。
「欧州特許または欧州特許出願のクレームが、欧州特許庁の各部門における手続または審判手続において補正され、その補正によって、補正後のクレームと特許または特許出願の明細書(図面を含む)との間に不整合が生じ、かつ、その不整合によってEPC52~57条、76条(1)、83条、84条、123条(2)または123条(3)の要件を満たさなくなる場合、その不整合を解消するため、補正後のクレームに合わせて明細書(図面を含む)を補正する必要がある。」
今後の実務に与える影響
G1/25は一見これまでの欧州特許庁における明細書の適合の実務を踏襲したかのようにも見えます。
しかしG1/25は明細書の適合が必要になる条件として①inconsistencyが存在することと、②そのinconsistencyによりEPCの具体的な要件を満たさなくなることとの2つの要件を課していることが重要です。
例えばG1/25では審決の理由20で以下のように明細書中にクレームの範囲外となった実施形態や実施例が残っているというだけでは必ずしもinconsistencyが存在するとは言えないとしています。
「20 クレームされた主題の範囲に含まれない技術的教示、実施例または実施形態が明細書(図面を含む)に記載されているというだけではinconsistencyが存在することにはならない。これに対して、そのようなincompatibilityのために、技術的教示、実施例または実施形態がクレームされた主題の範囲に含まれるのか、それとも含まれないのかが不明確である場合には、inconsistencyが存在する。」
つまり明細書中にクレームの範囲外となった実施形態や実施例が残っていてもinconsistencyが存在するとはならず、そのような実施形態や実施例を除く必要が無くなることがあり得ます。これは少なくともこれまでの審査過程における明細書の適合の実務と異なります。
さらにG1/25では審決の理由23で以下のようにクレームと明細書との間にinconsistencyが存在すること自体はEPC違反ではないとしています。
「23 これに対して、クレームと明細書(図面を含む)との間の不整合が、EPCに基づく判断に関連するようなものではない場合、そのような不整合を除去(または無効化)する必要はない。」
つまりこれまでの明細書の適合の実務では、
明細書中にクレームの範囲外となった実施形態や実施例が残っている
↓Yes
明細書の適合要
というように明細書の適合が求められる場面がかなり多かったのですが、今回のG1/25によれば
明細書中にクレームの範囲外となった実施形態や実施例が残っている
↓Yes
クレームの範囲外となった実施形態や実施例がinconsistencyを構成する
↓Yes
そのinconsistencyによってEPCの具体的な要件を満たさなくなる
↓Yes
明細書の適合要
というように明細書の適合が必要になる場面がかなり限定されます。つまりこのG1/25により欧州特許庁は出願人に明細書の適合を求めにくくなり、出願人の負担が減ると思われます。
なおinconsistencyによってEPCの具体的な要件を満たさなくなる例としてG1/25は以下の2つの例を提示しています。
明細書の記載のために、ある情報、実施例、発明または実施形態がクレームの範囲に含まれるのか否かが不明確になった場合、クレームが明細書によってサポートされているとはいえない→EPC84条違反(審決の理由35参照)。
進歩性を満たすためにクレームを限定したにもかかわらず、明細書に補正前のクレームに対応するtechnical teachingが残されており、その記載が補正後のクレームについて進歩性を認めることと矛盾する→EPC56条違反(審決の理由38参照)。
