以前の記事「パラメータの測定方法の欠如が実施可能要件違反となる場合」では、パラメータの測定方法の欠如がEPC83条の実施可能要件と問題となり得ることを解説しました。
しかしパラメータの測定方法の開示だけでは実施可能要件を満たすのに十分ではありません。パラメータがクレームで特定されている場合は、パラメータの測定方法に加えてパラメータの調整方法の開示も必要になります。
本記事ではパラメータの調整方法の開示の欠如が実施可能要件と問題となることを示したマイルストーン的審決であるT61/14を紹介します。
I. 背景
クレーム1
1. 塞栓形成方法において使用するための脱水された実質的に球状の塞栓形成粒子であって
粒子が架橋ポリマーを含み、前記粒子の内部が、前記粒子の表面まで延びる相互連結した細孔を含み、前記細孔の少なくとも20%が相互連結している…
塞栓形成粒子。
明細書
・細孔の相互連結率を調整する方法についての開示はない。
・実施例では細孔の相互連結率が測定されていない。
・しかし図面に開示された実施例の粒子の写真を見ると細孔の相互連結率がほぼ100%であることがわかる。
II. 論点
問題特許は「細孔の少なくとも20%が相互連結している」という特徴を当業者が実施できる程度に開示しているか?
III. 審判部の決定
問題特許は「細孔の少なくとも20%が相互連結している」という特徴を当業者が実施できる程度に開示していない。
IV. 決定の理由の抜粋
5.4 However, sufficiency of disclosure presupposes that the skilled person is able to carry out substantially every embodiment falling within the ambit of the claims (Case Law of the Boards of Appeal, 7th ed. 2013, II.C.4.4).
Claim 1 of the patent as granted is directed to a embolisation particle having pores “at least 20%” of which are interconnected, i.e. from 20% to 100%. Sufficiency of disclosure requires that the skilled person is able to prepare not only particles having 100% of their pores interconected but also other embodiments falling under the claim, for example particles having 50% of their pores interconnected.
[…]
5.6 The appellant has not provided any evidence showing that, at the filing date, it was generally known to a person skilled in the art how to modify the percentage of interconnected pores of an embolisation particles, and nor is any such evidence immediately apparent.
5.7 According to the case law, a reasonable amount of trial and error is permissible when it comes to sufficiency of disclosure, provided that a skilled person finds adequate information leading necessarily and directly towards success through the evaluation of initial failures (Case Law of the Boards of Appeal, 7th ed. 2013, II.C.5.6.1).
The appellant argued that interconnection was due to the coalescence of porogen globules as the polymer became more firm by crosslinking. For that reason, a skilled person would
– reduce the number of pores by reducing the amount of porogen, as fewer pores would be statistically less likely to interconnect, and
– reduce the amount of time over which the polymer was allowed to crosslink, by varying the concentration of the crosslinking agent and reactant.
By mere trial and error, a skilled person could obtain every embolisation particle according to claim 1.
However, such a trial-and-error strategy could only allow a skilled person to obtain every embodiment of the claimed invention without undue burden if he were guided necessarily and directly towards success by the evaluation of possible initial failures. In the present case, the skilled person required a suitable method for evaluating whether any change in the reaction conditions would lead to a lower percentage of interconnection.
It thus remains to be examined whether the percentage of interconnected pores can be determined.
It has not been challenged that the patent in suit does not disclose how to measure the percentage of pores which are interconnected.
As mentioned above, “interconnectivity” is a frequently mentioned property of porous solids. However, it often provides a merely qualitative definition and, if quantified, it is measured in terms of the relative amount of pore volume accessible from the outside (also called open pore volume) and not in terms of the relative amount of pores which are interconnected, which is the feature required by claim 1.
和訳
5.4 しかしながら、開示の十分性は、当業者が特許請求の範囲に含まれる実質的に全ての実施形態を 実施できることを前提とする(Case Law of the Boards of Appeal, 7th ed. 2013, II.C.4.4)。
付与された特許のクレーム1は、「少なくとも20%」、すなわち20%から100%の相互連結を有する細孔を有する塞栓粒子に関するものである。開示が十分であれば、当業者は、100%の細孔を有する粒子だけでなく、クレームに該当する他の実施形態、例えば50%の細孔を有する粒子も調製できることが必要である。
5.6 控訴人は、出願日当時、当業者にとって塞栓用粒子の細孔の相互連結の割合を変更する方法が一般的に知られていたことを示す証拠を提出しておらず、また、そのような証拠が直ちに明らかであるわけでもない。
5.7 過去の判例によれば、開示の十分性に関しては、当業者が最初の失敗の評価を通じて必然的かつ直接的に成功に導く適切な情報を見出すのであれば、相応の試行錯誤が許される(Case Law of the Boards of Appeal, 7th ed. 2013, II.C.5.6.1)。
審判請求人は、相互連結は、ポリマーが架橋によってより強固になるにつれてポロゲン球が合体することによるものであると主張した。そのため、当業者であれば
– より少ない細孔は統計的に相互接続しにくくなるのでポロゲンの量を減らすことによって細孔の数を減らし
– 架橋剤と反応剤の濃度を変えて、ポリマーを架橋させる時間を短くする
と主張し、単なる試行錯誤により、当業者はクレーム1によるすべての塞栓形成粒子を得ることができるとの立場を取った。
しかし、このような試行錯誤的戦略は、当業者が、起こり得る初期の失敗の評価によって必然的かつ直接的に成功へと導かれる場合にのみ、過度の負担なく請求項に係る発明のあらゆる実施形態を得ることを可能にする。本事例では、当業者は、反応条件を変更した場合に相互連結の割合が低くなるかどうかを評価するための適切な方法を必要としていた。
したがって、細孔の相互連結の比率を決定できるかどうかは、まだ検討の余地が残る。
V. コメント
T61/14で明確に示されたように、パラメータがクレームで特定されている場合、EPC83条の実施可能要件を満たすには、クレームされた全範囲に亘って当該パラメータを調整する方法が出願当初書面または出願時の技術常識から導き出せることが求められるます。この「クレームされた全範囲に亘って」というのが曲者で、パラメータを満たした実施例が単発で存在しているだけでは不十分で、クレームされたパラメータの範囲で数値を任意に調整できるレベルの開示が必要になります。
パラメータの調整方法はノウハウにしたいので開示したくないというご要望を発明者から聞くことがあります。パラメータの調整方法を開示しない場合、欧州では治癒不可能な実施可能要件違反に陥るリスクが高いです。
実際に日本では何の問題もなく登録になったパラメータ特許が欧州では実施可能要件違反で拒絶されてしまったというケースに何度も遭遇したことがあります。欧州におけるパラメータ特許の実施可能要件のハードルは日本のそれよりも高いと言えます。
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