欧州で異議を申し立てる際には自らの素性を隠すためダミーで異議を申し立てることがあります。特に真っ向からの争いを好まない日本企業はダミーで異議を申し立てることが多い気がします。しかしこのダミーの異議申立てには異議申立人が提出した実験データが信憑性がないとして無視されやすいといったデメリットがあります(過去の記事「欧州でダミーで異議申立てをすることのデメリット」をご参照ください)。
今回の記事ではダミーの異議申立人が提出した実験データが無視された欧州特許庁の審判部の判決T 0103/15を紹介します。
I. 背景
特許権者:The Boeing Company
異議申立人;Cabinet Nony
異議申立人は企業ではなくCabinet Nonyというフランスの特許事務所です。したがって異議申立人がダミーであることについては当事者間で争いはありませんでした。さらに異議の手続きにおいて異議申立人は実施可能要件および進歩性を攻撃するための実験レポートD9を提出しました。また異議申立人は実験レポートD9の作成者に関する情報を一切開示しませんでした。
特許権者の主張
D9は作成者が不明であるので考慮されるべきではない。異議申立人は第三者機関に実験レポート作成を依頼することができたにも関わらず、あえてそれをしなかった。したがってD9は無視されるべきである。
ダミー異議申立人の主張
異議申立人がダミーであるからといって不利に扱われるべきではない。また異議申立人が実名の場合は、実験レポートの作成者に関する情報が求められることはない。したがって異議申立人がダミーであるからといって、実験レポートの作成者に関する情報の開示を求めることは不当である。実験レポートにおける実験の条件が明確である以上、D9の内容は考慮されるべきである。
II. 審判部の決定
D9を無視する。
III. 判決文の抜粋
It follows from the above that, with respect to the probative value of test evidence, it is important not only to indicate the conditions under which these tests have been conducted, but also to specify the name of the testers and their employers so that the relationship between the testers and the party can be established if necessary. This also applies in cases where the opponent is acting as a straw man on behalf of a company, because then the relationship between that company and the testers could be a factor in the decision on the probative value of the test evidence filed by the straw man.
和訳:以上のことから、実験証拠の証拠能力に関しては、これらの実験が行われた条件を示すだけでなく、必要に応じて実験者と当事者の関係を立証できるように、実験者の氏名とその雇用主を明示することが重要であるといえる。これは、異議申立人が企業を代表してストローマンとして行動している場合にも適用され、その場合、その企業と実験者の関係は、ストローマンによって提出された実験証拠の証拠能力に関する決定の要因となり得るからである。In view of the above and given the fact that the appellant explicitly refused to disclose information on the author of the test report, the opposition division’s doubts regarding the probative value of the test report D9 and its subsequent conclusion not to consider it when deciding on the validity of the patent are not objected to. Contrary to the appellant’s view, it is not apparent that the fact that the appellant admittedly acts as a straw man puts it in a worse position compared to an “ordinary” opponent acting in their own name. The importance of indicating the identity and qualification of the author of a test report for judging its probative value does not normally depend on whether the opposition and the subsequent appeal were filed by a straw man. Generally, a straw man acting as opponent cannot derive any advantage from their position with regard to the evaluation of the evidence they have submitted. In the present case a neutral institute could have been assigned to perform the tests of document D9. This would have allowed the opponent to provide all necessary information for assessing the probative value of the test results without disclosing the identity of the client on behalf of which the opposition was filed.
和訳:以上のことから、審判請求人が実験レポートの作成者に関する情報の開示を明確に拒否したことを考慮すると、異議部が実験レポートD9の証拠能力について疑問を持ち、その後特許の有効性の判断に際してこれを考慮しないとの結論を出したことには、異議がないものというべきである。審判請求人の見解に反して、審判請求人がストローマンとして行動することを認めていることが、実名で行動する「普通の」異議申立人と比較して、審判請求人の立場を悪くしていることは明らかでない。実験レポートの証拠能力を判断するために、その作成者の身元及び資格を示すことの重要性は、通常、異議申立及びその後の審判がストローマンによってなされたか否かに左右されるものではない。一般に、異議申立人として行動するストローマンは、提出した証拠の評価に関して、その立場からいかなる利点も得ることはできない。今回のケースでは、文書D9の実験を行うために、中立的な機関に依頼することもできたはずでる。そうすれば、異議申立人は、異議申立を行った依頼人の身元を明かすことなく、実験結果の証拠能力を評価するために必要なすべての情報を提供することができたはずである。
IV. 解説
本判決は、実はダミーの異議申立だけでなく実名の異議申立てであっても実験レポートを提出する場合はレポートの作成者に関する情報の開示が必要になることを示唆しています。しかし実名の異議申立では社内で作成した実験レポートの作成者の情報を開示することには大きなデメリットはありませんが、ダミーの異議申立の場合は、社内で作成した実験レポートの作成者の情報を開示してしまうとどうしても自社名を開示することになり、わざわざダミーで異議を申し立てた意義に反します。
このためダミーの異議申立において実験レポートを提出したい場合は自社名を伏せつつ実験レポートの証拠能力を確保するために第三者機関に実験レポートの作成を依頼することが好ましいです。
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