以前の記事「Problem Solution Approachの3つのステップ」で欧州特許庁における進歩性の判断では主文献(Closet Prior Art)に対する差異点の技術的効果に基づいて客観的技術的課題(Objective Technical Problem)が設定されると説明しました。
また主文献に対する差異点に有利な技術的効果が無い場合は、客観的技術的課題が「単なる代替物(Alternative)の提供」と認定されてしまい、進歩性のハードルが上がることも説明しました。このため欧州特許庁における進歩性の議論では、いかにして客観的技術的課題を「単なる代替物の提供」に認定させないかが重要になります。
一方で、欧州特許出願を取り扱ったことがある方には主文献に対する差異点の有利な技術的効果が明細書に明記されているにも関わらず、審査官に客観的技術的課題が「単なる代替物の提供」と認定されてしまい、進歩性が認めてもらえず憤慨したという経験をされた方が多いと思います。特に化学系の分野でこの経験をされた方が多いのではないでしょうか。
効果が明細書に明記されているにも関わらず客観的技術的課題を「単なる代替物の提供」と認定するのはおかしい!審査官のミスだ!と思われる方も多いですが、実はこの認定は判例およびガイドラインの裏付けがある場合が多いです。
以下に主文献に対する差異点の有利な効果が明細書に明記されているにも関わらず客観的技術的課題が「単なる代替物の提供」と認定されてしまう2つの場合を説明します。
1.効果をサポートする実施例が無い場合
明細書に文言上記載はされているけれどもその効果をサポートする証拠、実施例が無い場合、この効果は「主張された効果(alleged advantage)」と呼ばれます。そしてこのような真偽不明な主張された効果は進歩性の判断の際に考慮されません(例えばT 20/81、T 181/82、T 124/84、T 152/93、T 912/94、T 284/96、T 325/97、T 1051/97参照)。
このため主文献に対する差異点の効果としてこのような主張された効果しか明細書に記載されていない場合は、客観的技術的課題は単なる代替物の提供と設定されてしまいます(T 87/08)。
この場合、実験データを追加することで客観的技術的課題が単なる代替物の提供であるとする認定を覆し、効果に基づく課題にアップグレードすることができます。
2.効果をサポートする実施例がクレームに対して狭い場合
欧州特許庁のガイドラインによると、明細書から導き出せる効果が課題認定の際に参照されるのは、「実質的にクレームされた全ての実施態様がその技術効果を示すことが確実(credible)である場合」に限られます(GL G-VII, 5.2)。
例えば実施例である化合物のRがエチル基である場合の有利な効果を示していても、クレームでRがアルキル基と広く特定されている場合は、Rがエチル基だけでなく全てのアルキル基でその有利な効果が得られることは確実とは言えません。
したがってこのようにクレームに対して効果をサポートする実施例が狭すぎる場合は、実施例がサポートする効果が客観的課題の設定の際に参酌されず、客観的技術的課題は単なる代替物の提供と認定されてしまいます。
この場合、実験データを補充するかまたはクレームを狭める補正をすることで客観的技術的課題が単なる代替物の提供であるとする認定を覆し、効果に基づく課題にアップグレードすることができます。
まとめ
このように欧州特許庁では効果が実施例にサポートされているか否かが進歩性における客観的技術的課題の認定に大きな影響を及ぼします。日本では効果のサポートの有無は記載要件で処理されますが、欧州では進歩性で処理されるという点で日本の実務と異なります。
また客観的技術的課題が単なる代替物の提供と判断され進歩性が否定された場合の有効な対抗手段は実験データを追加することです。以前の記事「欧州では実験データの後出しが認められます」でも説明しましたが実験データの追加は一定の要件を満たす必要があるものの比較的容易に認められます。
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