欧州特許庁における進歩性の評価はProblem Solution Approachと呼ばれる手法に基づいて厳密に判断されます(「Problem Solution Approachって何?」という方は過去の記事「Problem Solution Approachの3つのステップ」をご参照ください)。
このProblem Solution Approachの最後のステップであるCould Would ApproachではObjective Technical Problemに直面した当業者がClosest Prior Artを修正し本発明に想到するように促すような教唆(teaching that would have prompted the skilled person)があったかどうかが検討されます(ガイドライン G-VII, 5.3)。
そして例えば以下の例①のように副文献などに当業者がClosest Prior Artを修正し本発明に想到するように促すような教唆があった場合、進歩性が否定されます。
例①
本願クレーム:A,BおよびCを含む発光ダイオード
Closest Prior Art:AおよびBを有する発光ダイオード
本願明細書:特徴Cにより発光ダイオードの消費電力をさらに抑えることができる
客観的技術的課題:消費電力が低い発光ダイオードを提供すること
副文献:発光ダイオードに特徴Cを追加すれば消費電力を抑えられるので好ましい。
進歩性:無
つまり欧州特許庁のProblem Solution ApproachにおけるCould Would Approachは通常以下のようなフローになります。
一方で医薬やバイオテクノロジーなど効果の予測可能性が低い分野における発明では、「教唆」に加えて「合理的な成功の期待(Reasonable expectation of success)」が存在することが求められます(例えばT 187/93参照)。
例えば以下の例②のように先行技術文献に教唆が確かに存在するものの実験データが存在せず、その教唆に従っても本当に目的とする効果が得られるか否かが不明な場合は、「合理的な成功への期待」が無いとして進歩性が肯定されます。
例②
本願クレーム:糖尿病治療用の化合物AのS体エナンチオマー
Closest Prior Art:化合物Aのラセミ混合物を用いた糖尿病治療薬
本願明細書:化合物AのS体エナンチオマーを用いることで化合物Aのラセミ混合物と比較して高い糖尿病治療効果が得られる(実験データ有)
客観的技術的課題:高い糖尿病治療効果を有する化合物を提供すること
副文献:化合物AのS体エナンチオマーのみを用いればラセミ混合物と比較してより高い糖尿病治療効果が得られる可能性がある(サポートする実験データなし)
進歩性:有
つまり医薬やバイオテクノロジー分野では欧州特許庁のProblem Solution ApproachにおけるCould Would Approachは以下のようなフローになります。
しかし統一特許裁判所(UPC)では医薬やバイオテクノロジー分野の発明においてこの「合理的な成功への期待」が軽視されるか、または「合理的な成功への期待」のハードルが低く「合理的な成功への期待」の存在が簡単に認められる傾向があります。
例えば統一特許裁判所は高コレステロール血症に対する治療抗体の発明の進歩性が争われたケースUPC_1/2023において「合理的な成功への期待」が存在するので欧州特許EP3666797B1の進歩性を否定しました。しかし欧州特許庁の異議部は先行技術には「合理的な成功への期待」が無いとして欧州特許EP3666797B1の進歩性を認めました(過去のセミナー「[6/25]欧州知財ウェビナーのご案内[UPC vs EPO@進歩性]」をご参照ください)。
つまり医薬やバイオテクノロジーの分野では欧州特許庁で進歩性が認められたケースであっても統一特許裁判所では同一の先行技術文献に基づいて進歩性が否定され得ることを意味します。
医薬やバイオテクノロジーの分野では欧州でも特許の攻防が盛んなので、欧州で当該分野のビジネスに携わる方は注意が必要です。