ドイツでは数値範囲の選択発明が認められないことがよくわかるドイツ最高裁の判決

日本ではクレームされた数値範囲が公知の数値範囲に含まれる場合であっても、そのクレームされた数値範囲内で顕著な効果が認められるときは選択発明として新規性、進歩性が認められることがあります(審査基準 第III部第2章第4節)。欧州でも同様の考えで公知の数値範囲よりも狭い数値範囲の特許性が認められることがあります(GL G-VII, 8)。しかしながらドイツではこの数値範囲の選択発明の特許性が認められません。

そこで今回は数値範囲の新規性についてのドイツの考えが欧州特許庁のそれと異なることがよくわかるドイツ最高裁(BGH)の判決 Inkrustierungsinhibitoren事件(X ZR 40/95)を紹介します。

対象特許 EP 0025551 Bのクレーム1

無水マレイン酸と(メタ)アクリル酸との共重合およびその後の加水分解によって得られる共重合体であって、
未加水状態ではメチルエチルケトン中で25℃で測定されるフィケンチャ−式によるK値が10から40である
[…]
共重合体の使用。

補足:
「メチルエチルケトン中で25℃で測定されるフィケンチャ−式によるK値が10から40である」という特徴は分子量が15000~290000であるという特徴に対応します。また特許権者はK値が10から40あるときに(分子量が15000~290000であるときに)顕著な効果が得られることを実験で示しました。

引用文献  DE 2816770 Aの開示

これらの共重合体は、[…]、一般に約500〜約2000000の間の平均分子量を有する。

背景

本件における対象特許 EP 0025551 Bはドイツ国内で有効性が争われる前に欧州特許庁における異議および審判でその有効性が争われました。欧州特許庁の審判部による判決(T 0252/09)では、「メチルエチルケトン中で25℃で測定されるフィケンチャ−式によるK値が10から40である」(分子量が15000~290000)という特徴は、引用文献DE 2816770 Aに開示されていないと判断されました。

そして、ドイツに移行後にドイツで無効訴訟が提起された後、控訴審であるドイツ最高裁で対象特許の有効性が争われました。

論点

K値が10から40ある(分子量が15000~290000)という特徴は、引用文献DE 2816770 Aの「約500〜約2000000の間の平均分子量」という記載に開示されていると言えるか?

ドイツ最高裁の判断

K値が10から40ある(分子量が15000~290000)という特徴は、DE 2816770 Aに開示されている。

判決文の抜粋

「量の範囲の規定は、ここでも下限値と上限値の間の考えられうる多数の中間値の簡略化された表記を表している。これは、原則としてすべての中間値が開示されたものとみなすことを意味する。これに対して、特定のサブ範囲が有利、適切、好ましいと特徴づけられているかどうかは無関係である。」

“Danach stellt die Nennung eines Mengenbereichs […] eine vereinfachte Schreibweise der zahlreichen möglichen, zwischen dem unteren und dem oberen Grenzwert liegenden Zwischenwerte dar. Das hat im Regelfall zur Folge, daß sämtliche Zwischenwerte als offenbart anzusehen sind. Ob bestimmte Teilbereiche als vorteilhaft, zweckmäßig oder bevorzugt gekennzeichnet sind, ist demgegenüber ohne Bedeutung.”

「合議体は、新規性の審査と公知文献の開示内容を審査する際に、数値的に定義されたクレーム範囲が公知の範囲に包含されたり重複したりする場合、当業者が、全ての状況を考慮して、公知の技術的教示を包含範囲または重複範囲に適用することを真剣に検討するかどうかを問題とすべきであるとする欧州特許庁の判例に同意することはできない。公知文献の包括的な数値範囲の規定は、基本的には、考えられるすべてのサブ範囲についても同様に包括的に開示するからである。」

“Der Senat vermag sich auch nicht der Rechtsprechung des Europäischen Patentamts anzuschließen, wonach es bei Neuheitsprüfung und Prüfung des Offenbarungsgehalts einer Veröffentlichung für den Fall, daß sich der numerisch definierte beanspruchte Bereich mit einem bereits bekannten weiteren Bereich deckt oder überschneidet, darauf ankommen soll, ob der Fachmann unter Berücksichtigung aller ihm bekannten Gegebenheiten ernsthaft erwägen würde, die technische Lehre des bekannten Dokuments im Deckungs- oder Überschneidungsbereich anzuwenden . Denn die umfassende numerische Bereichsangabe des bekannten Dokuments enthält grundsätzlich auch eine gleichermaßen umfassende Offenbarung aller denkbaren Unterbereiche.”

実務上のポイント

上記判決文の抜粋の「欧州特許庁の判例に同意することはできない」という記載からも明らかなように欧州特許庁とは異なりドイツではどれだけクレームされた数値範囲に顕著な効果があったとしてもそのクレームされた数値範囲が公知範囲に含まれる場合は新規性が認められません。つまり欧州特許庁では数値範囲の選択発明として新規性および進歩性が認められた発明であっても、ドイツでは新規性が否定されてしまうリスクがあることを意味します。

またドイツ出願でこのような状況に陥ってしまった場合は、どんなに数値範囲における効果の顕著性を主張しても新規性を確保することは残念ながら難しいです。このため素直に別の特徴を追加して引用文献に対して新規性を確保することをお勧めします。

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