欧州特許庁では進歩性は課題解決アプローチ(Problem-Solution Approach)という手法に基づいて厳密に判断されます(ガイドライン G-VII, 5)。Problem-Solution Approachは以下の3つのステップを有します。
ステップ1.最も近い先行技術(Closest Prior Art)の特定
最初にクレームされた発明に最も近い先行技術(Closest Prior Art)が特定されます。Closest Prior Artの特定にはクレームされた発明との構成の共通性だけでなく目的や用途の共通性なども考慮されます。このため最もクレームされた発明と構成の共通し、かつ目的または用途が似た文献が一般的にClosest Prior Artとして認定されます(T606/89参照)。
またClosest Prior Artは必ずしも1つの文献である必要はなく、複数の文献がClosest Prior Artとして認定されることもあります(ガイドライン G-VII, 5.1)。
例:
クレーム発明:アルミ製のコップ
Closest Prior Art:鉄製のコップ
ステップ2. 客観的技術的課題(Objective Technical Problem)の定義
このObjective Technical Problemの定義のステップはさらに以下の3つのサブステップ(1)~(3)を有します(ガイドライン G-VII, 5.2)。
(1)Closest Prior Artとの差異的特徴(distinguishing feature)の特定
このサブステップではClosest Prior Artとクレームされた発明の差異点は何であるかが特定されます。
例:
クレーム発明:アルミ製のコップ
Closest Prior Art:鉄製のコップ
差異的特徴:コップの素材がアルミであるということ
(2)差異的特徴による技術的効果の特定
次に差異的特徴による技術的効果が特定されます。この技術的効果は明細書の記載等から確実(credible)に導き出されるものでなければなりません(T1461/12)。
例:
クレーム発明:アルミ製のコップ
Closest Prior Art:鉄製のコップ
差異的特徴:コップの素材がアルミであるということ
技術的効果:熱伝導性が高い
(3)Objective Technical Problemの定義
そしてサブステップ(2)で特定された技術的効果に基づきObjective Technical Problemが定義されます。ここで注意すべきはこのサブステップで定義されるObjective Technical Problemはその名の通り客観的(Objective)でなければならないということです。このためObjective Technical Problemは発明者が明細書中の「発明が解決しようとする課題」で認定した主観的な課題とは異なることがあります(T87/08)。
またサブステップ(2)でClosest Prior Artに対する有利な技術的効果が特定できなかった場合、Objective Technical Problemとして認定される課題は「単なる代替物の提供」になります(T87/08)。
例:
クレーム発明:アルミ製のコップ
Closest Prior Art:鉄製のコップ
差異的特徴:コップの素材がアルミであるということ
技術的効果:熱伝導性が高い
客観的技術的課題:熱伝導性が高いコップを提供すること
ステップ3.Could-Would Approach
Problem-Solution Approachの最後のステップでは、Objective Technical Problemに直面した当業者がClosest Prior Artを修正し本発明に想到するように促すような(could promoteではなくwould promote)教唆があったかどうかが検討されます(ガイドライン G-VII, 5.3)。このようにcouldではなくwould であるかどうかが検討されるということからこのステップはCould-Would Approachと呼ばれます。
より具体的にはステップ2で定義されたObjective Technical Problemを解決するための手段として差異的特徴が先行技術に開示されていたかが検討されます。
一般的に、差異的特徴が先行技術に開示されていない、または差異的特徴が先行技術に開示されているがObjective Technical Problemを解決するための手段として開示されていない場合は進歩性が有りと判断されます。一方、差異的特徴がObjective Technical Problemを解決するための手段として先行技術に開示されている場合は進歩性が無いと判断されます。
例1:
Closest Prior Art:鉄製のコップ
クレーム発明:アルミ製のコップ
差異的特徴:コップの素材がアルミであるということ
技術的効果:熱伝導性が高い
客観的技術的課題:熱伝導性が高いコップを提供すること
副文献:アルミ製の皿。皿をアルミにすることで軽量化が図れる。
この例1では副文献に食器をアルミ製にするという差異的特徴が開示されているものの、その目的はObjective Technical Problemの熱伝導性の向上とは異なる軽量化です。このためこの例ではObjective Technical Problemを解決するための手段として差異的特徴が先行技術に開示されていたとは言えないので進歩性があると判断されます。
例2:
Closest Prior Art:鉄製のコップ
クレーム発明:アルミ製のコップ
差異点:コップの素材がアルミであるということ
技術的効果:熱伝導性が高い
客観的技術的課題:熱伝導性が高いコップを提供すること
副文献:アルミ製の皿。皿をアルミにすることで熱伝導性の向上が図れる。
この例2では副文献がまさにObjective Technical Problemの熱伝導性の向上という目的で差異的特徴を開示しています。このためこの例では進歩性が無いと判断されます。
まとめ
Problem-Solution Approachが日本の進歩性検討実務と比較して特徴的なのがステップ2のObjective Technical Problemの定義のステップであると思います。このようにProblem-Solution Approachでは客観的な課題が強制的に定められてしまうので日本の審査基準で認められているような課題の新規性に基づく進歩性の主張はあまり効果がありません。
またステップ2でObjective Technical Problemが「単なる代替物の提供」と認定されてしまうと進歩性のハードルは途端に上がります。このため欧州における実務ではいかにしてObjective Technical Problemを「単なる代替物の提供」にさせないかが重要になります。例えば追加実験データを提出することでObjective Technical Problemが「単なる代替物の提供」を超えるものであることを審査官に主張することも欧州では比較的よく行われます。
Problem-Solution Approachに基づく進歩性の検討方法についてさらに詳しく学びたい方は4月2日に予定しているオンラインセミナーの参加をご検討下さい。
コメント