先日開催された高橋正治先生主催の知財実務情報Lab.におけるセミナー「ChatGPTを使って中間対応案を検討する」においてOA対応案検討の実演のおまけとして生成AI時代の弁理士像についても個人的な考えを述べてみたのですが、思いの外反響があり驚いています。
そこで今回は今後生成AIの発達により消滅するであろう弁理士の仕事や生成AIが前提となった時代に弁理士に求められる能力について私の個人的な考えを述べてみます。
クライアントから見た弁理士の仕事
まず弁理士の仕事はクライアントありきです。ここでクライアントをある程度の規模を有する企業において組織化された知財部と仮定します。またクライアントである知財部には平均的な弁理士の知識が備わっているとします。この知財部の立場から見た社外弁理士の仕事というのは以下のように量の観点(作業が楽か否か)そして質の観点(自ら適否を正しく判断できるか否か)から以下の4つのカテゴリーに分類できます。
カテゴリー①(量:低、質:高)
カテゴリー②(量:高、質:高)
カテゴリー③(量:低、質:低)
カテゴリー④(量:高、質:低)
このうちカテゴリー③(量:低、質:低)はそもそも弁理士に依頼されず、社内で処理される仕事になるかと思います。
したがって現在クライアントが社外弁理士に依頼している仕事はカテゴリー①、カテゴリー②、カテゴリー④の仕事になります。
生成AIができること
現時点で既に生成AIができることは沢山あります。例えばOA対応においてはすぐに活用できるレベルです(例えば過去の記事「ChatGPTを使ってEESRの応答案を検討してみた」、「ChatGPTは図面を正しく認識できるか?」などをご参照ください)。生成AIを用いた明細書の作成には現時点では課題があるものの今後特許出願用にファインチューニングされた生成AIの登場等によってより使い勝手が良くなっていくと思われます。
さらに文献の読み込みスピードそしてテキストの作成スピードに関して人間は生成AIに適いません。
一方で生成AIは一定の確率でミスをします。例えば欧州特許庁特有の数値範囲の認定が必要になるような場合には適切に新規性を評価することができません(過去の記事「ChatGPTを使ってOAの応答案を検討する際に注意すべき事項6点」をご参照ください)。このため生成AIの使用者には生成AIのアウトプットを評価する能力が必須になります(過去の記事「邪王炎殺黒龍波とChatGPTとの類似性」をご参照ください)。
このように生成AIは超高スピードで仕事をこなす能力を持ちつつも、一定の頻度でミスするという性質があるため、使用者の知識・経験を超えた範囲では活用が困難です。
今後弁理士に依頼されなくなるであろう仕事
現在クライアントが社外弁理士に依頼している仕事のうち質が高い仕事、つまりカテゴリー①、カテゴリー②は今後も社外弁理士に依頼されると思います。
カテゴリー①、カテゴリー②の仕事ではミスが致命的になることがあります。例えばカテゴリー①の事務手続きでミスが生じた場合やクリアランスの判断を誤った場合は莫大が経済的ダメージが生じ得ます。このため一定の頻度でミスが発生しうるAIに事務手続きやクリアランスの判断を任せるのはクライアントの立場としてリスクが高すぎます。
したがってクライアント自らで適否の判断が難しい仕事は仮に生成AIによって作業量が軽減されることがあったとしても、今後も弁理士に任せておきたいというのがクライアントの本音だと思います。
実際に私はこれまで欧州特許出願手続き自体を出願人である日本企業が担えば少ない作業量で莫大なコストが削減できることをこれまで啓蒙してきましたが(例えば「欧州代理人を替えずに代理人費用を抑えるには」をご参照ください)未だ実践する日本企業に遭遇したことがありません。やはり出願作業でミスが生じた場合のダメージが大きすぎるので躊躇されているようです。
したがって今後もカテゴリー①、カテゴリー②の仕事は社外弁理士に依頼されると思います。
もちろん「自分では全然適否を判断できないけど、生成AIのアウトプットを信じるので外部の弁理士は必要ない!」というストロングスタイルのクライアントが主流になれば、カテゴリー①、カテゴリー②の仕事も消滅する恐れがありますが、それほどまでにクライアントのマインドが変化するのは少なくともあと10年はかかるかと思います。
一方でカテゴリー③はクライアントが自分でやろうと思えばやれるけれども作業が大変なので外部弁理士に依頼していたという仕事です。単なる作業であれば人間は生成AIに適いません。したがってこのカテゴリー③の仕事は近い将来、今後生成AIを使うクライアント自身によって処理され、社外弁理士に依頼される仕事の量は激減する可能性が高いです。
今後の弁理士に求められる能力
上述のように作業量の価値が低くなる生成AI時代には、弁理士にはクライアントが自ら適否を判断できない仕事を受注する能力が求められます。つまりクライアントに対して情報の非対称性を構築できるかが重要になります。
したがって今後の弁理士には、クライアントを超える国内外の法律・判例の豊富な知識が求められます。法律・判例等の知識に加えてさらに重要になると思われるのは経験です。法律・判例は公開されるので今後AIによって学習されることは十分考えられますが、公開されていない出願ソフトのトラブルの解決方法、審査基準には記載されていない審査の運用を考慮した提案、未公開のクライアントのビジネスの将来性を踏まえた戦略などについては今後もAIがキャッチアップできない可能性が高いです。
さらに生成AI時代に弁理士に求められることの多くは生成AIにはできない「責任を取る」ことです。このため責任を取る気概がない弁理士は淘汰されるかと思います。
また巷ではAIを使いこなす能力が重要視されていますが、生成AIが近年どんどん使いやすくなってきていることを鑑みると、AIを使う能力というのは今後競争において有利に働く能力ではなくなると思います。1995年にWindows 95が出た際にはEメールやワードを使えるスキルが重要視されましたが現在においてEメールやワードを使えるからといって競争が有利になるということはありません。AIもEメールやワードのように当たり前に誰でも使えるツールになると思います。
しかし生成AIのような新しいツールを積極的に試す好奇心そしてチャレンジ精神は重要だと思います。生成AI時代はビジネスがさらに加速化していくと思われるので、積極的に新しいことを試し、自らが価値を提供できる仕事を開拓していくことが今以上に求められると思います。
つまり生成AI時代の弁理士に求められるのは、クライアントを超える知識と経験、責任を取る気概そして新しいことをにチャレンジする勇気です。
身も蓋もないことですがこれは生成AI登場以前に弁理士に求められていたことと変わりません。
生成AI時代の弁理士の報酬について
最後に生成AI時代の弁理士の報酬について考えてみます。
これまでは弁理士の報酬というのは明細書の記載量といった作業量という観点から算出されることが多かったと思います。
一方で生成AI時代ではこういった作業が一瞬で終わります。さらに情報の非対称性が求められる生成AI時代にはクライアントが時間をかけて自らの知識を総動員してもたどりつけない解が弁理士に求められます。そうすると生成AI時代は作業は極めて少ないけれどもビジネス上きわめて重要という依頼の比率が多くなると思います。
こういった依頼の場合、私個人的には作業に応じて請求というのは適切ではないと思います。この報酬の問題については皆さんご存じの松本先生の以下のツイートが大変参考になります。
分給30万は極端な例かもしれませんが、弁理士の仕事は本質的には作業時間を売ることではなく、長年蓄積した知識そして経験に基づいてクライアントが解決できない問題の解を提供することです。極めて作業時間が短い仕事であっても解決した問題の価値に応じた金額を請求でき、かつクライアントにもご満足いただくという関係の構築が必要になってくると思います。
いずれにせよ生成AIの登場により弁理士の仕事は大きく変わると思います。一当事者として今後の変化を楽しみながら対応したいと思います。
異論、反論を歓迎します。