特許実務相談相手としてどのテキスト生成AIが優れているかを調査するため代表的なテキスト生成AIであるChatGPT 4o、ChatGPT o3、Claude 3.7、Cemini 2.5pro、欧州特許庁ガイドライン学習済NotebookLMに以下の質問をしてみました。
「欧州特許実務について質問です。クレームで10~20wt%という数値範囲が特定されています。一方で引用文献には15~30wt%という数値範囲が開示されています。この場合欧州特許庁はクレームの主題がこの引用文献に対して新規であると判断しますか?」
ちなみにこの質問に対する回答は「No」になります。つまりこのクレームの主題はこの引用文献に対して新規性を有しません。理由は欧州ではクレームされた数値範囲が公知の数値範囲と一部重複する場合,公知の数値範囲の端点によって新規性が否定されるからです(過去の記事「欧州ではクレームされた数値範囲が公知範囲とオーバーラップすると新規性が否定されます」をご参照ください)。
以下にそれぞれのテキスト生成AIの回答を開示します。
ChatGPT 4o
回答:
欧州特許実務(EPO)における**新規性(Article 54 EPC)**の判断において、数値範囲の重複は非常に重要な論点です。ご質問のケースでは、クレームが「10~20 wt%」と特定しており、引用文献が「15~30 wt%」を開示しているという状況です。
この場合、EPOの審査実務(特にCase Law of the Boards of AppealやGuidelines for Examination)に基づくと、次のように評価されます:
■ 原則(数値範囲の新規性に関する基準)
EPOの判断基準では、クレームされた範囲が引用文献に完全に包含されていない限りは新規性があるとされるのが一般的です。ただし、以下のような条件が満たされると新規性が否定されることもあります。
- 引用文献が明確かつ直接的にクレーム範囲に属する特定の実施形態を開示している。
- クレームされた範囲が、引用文献の開示範囲に完全に包含されている(wholly contained)。
■ ご質問のケースの分析
- クレーム範囲:10~20 wt%
- 引用文献:15~30 wt%
この場合、引用文献の下限(15 wt%)がクレーム範囲の中に入っているものの、クレーム範囲の10~15 wt%は引用文献には開示されていません。
つまり、クレーム範囲は引用文献の開示範囲に部分的にしか含まれておらず、完全には包含されていません。
■ EPOの実務上の結論
このような場合、EPOの審査実務に従うと:
クレームされた10~20 wt%という範囲は、引用文献(15~30 wt%)に対して新規性を有すると判断されるのが一般的です。
なぜなら、クレームの下限値(10 wt%)~引用文献の下限値(15 wt%)の間の範囲が、引用文献に明示されておらず、暗示もされていないと考えられるためです。
■ 補足(特許庁実務ガイド)
この考え方は、以下の判例に裏付けられています:
- T 666/89:部分的に重複していても、新規性は否定されない。
- T 26/85:中間範囲の開示が必要。
■ 結論
はい、このクレーム(10~20 wt%)は、引用文献(15~30 wt%)に対して新規性があると評価される可能性が高いです。
ただし、審査官が15 wt%を具体例で開示している場合や、15 wt%が特に好ましい範囲として示されているようなケースでは、新規性が否定される可能性もあるため、個別事案の詳細が重要です。
必要であれば、そのような実例も挙げて説明できます。ご希望ですか?
解説:
ChatGPT 4oは「クレームされた10~20 wt%という範囲は、引用文献(15~30 wt%)に対して新規性を有すると判断されるのが一般的です」と結論付けていますがこれは誤りです。
またChatGPT 4oは「EPOの判断基準では、クレームされた範囲が引用文献に完全に包含されていない限りは新規性があるとされるのが一般的です」と言い切っていますがこれは完全に間違いです。欧州特許庁ガイドラインG-VI, 8によればクレームされた範囲が引用文献に完全に包含されてる場合は新規性があると判断されます。
またChatGPT 4oは裏付けとして2件の審決「T 666/89:部分的に重複していても、新規性は否定されない」および「T 26/85:中間範囲の開示が必要」を挙げていますがこれも適切ではありません。T 666/89では正に先行技術とオーバーラップする数値範囲の新規性が否定されています。またT 26/85はレームされた数値範囲が公知の数値範囲と一部オーバーラップしたにも関わらず新規性が肯定された審決ではあるもの「中間範囲の開示」に関する議論はありません(過去の記事「公知の数値範囲とオーバーラップしても新規性が認められることがあります」をご参照ください)。
したがってChatGPT 4oによるこの回答は結論も理由付けも正しくはありません。
ChatGPT o3
回答
結論から言うと、EPO(欧州特許庁)では10~20 wt%というクレーム範囲は、引用文献が開示する15~30 wt%の範囲に対して新規性なし (lack of novelty) と判断される可能性が極めて高いです。理由は次のとおりです。
- EPO が採る「選択発明(selection inventions)」の基準
EPO ガイドライン G-VI, 8 および判例(例:T 261/15, T 279/89)によれば、広い既知レンジからサブレンジを選択した場合、そのサブレンジが新規と認められるには少なくとも次の 2 要件を同時に満たす必要があります。xepc.euEPO
要件
概要
(a) “Narrowness”
選択範囲が既知の広い範囲に比べて十分狭いこと
(b) “Sufficiently far removed”
既知レンジの**端点(end-points)**や、具体的な実施例・開示値から十分に離れていること
EPO ガイドラインはさらに、「既知レンジの端点や中間値がクレーム範囲に含まれる場合は新規性が損なわれる」と明示しています。xepc.eu
- 今回の数値範囲の比較
- クレーム範囲: 10~20 wt%
- 引用文献範囲: 15~30 wt%
重複領域は 15~20 wt% であり、既知レンジの端点 15 wt% がクレームに完全に含まれます。したがって要件 (b)「端点から十分に離れていること」を満たさず、新規性は認められません。xepc.euwilsongunn.com
- 反論や回避の可能性
アプローチ
留意点
レンジの再限定
例:10 ≦ x < 15 wt%15 wt% 以上を除外すれば端点問題を回避できる可能性あり。ただし Art. 123(2) EPC(新規事項追加禁止)に抵触しないか要確認。
パラメータ追加
(粒径、純度、共存成分など)追加パラメータが引用文献に直接かつ明確に開示されておらず、相互作用が技術的効果を生む場合には新規性・進歩性を補強できる。
技術的効果の立証
たとえ選択範囲が狭く端点から離れていても、効果が全範囲で一貫して発現する証拠を提出することで進歩性の議論を有利に進められる。
- 実務的ヒント
- 端点をまたがない範囲に設定するのが最も簡潔な回避策です。
- サポートとなる実験データを出願時または欧州移行時に用意しておくと、補強効果があります。
- サブレンジの新規性判断はケースバイケースであり、「狭さ」「離隔度」の定量的基準は設けられていません。審査官が引用文献の開示内容(表、実施例、優先範囲など)をどう評価するかを想定しておくとよいでしょう。
まとめ
EPO の基準では、既知レンジの端点 15 wt% がクレーム 10~20 wt% に含まれるため、Art. 54 EPC の新規性は否定されるのが通例です。新規性を確保するには 15 wt% 未満にレンジを限定する、あるいは他の独立パラメータを組み合わせて差別化する等の対策を検討してください。
解説
ChatGPT o3による「EPO(欧州特許庁)では10~20 wt%というクレーム範囲は、引用文献が開示する15~30 wt%の範囲に対して新規性なし (lack of novelty) と判断される可能性が極めて高いです」は正しいです。
またChatGPT o3は結論の根拠として「既知レンジの端点や中間値がクレーム範囲に含まれる場合は新規性が損なわれる」を挙げていますが、これも正しいです。
欧州特許弁理士の回答であるとしても全く問題ありません。
あえて改善点を言うなら「例外的に技術的事実に照らして、当業者が重複する範囲において先行技術文献の技術的教示を適用しようと真剣に考えない場合は、新規性が有りと判断されることがあります」まで回答できていれば完璧でした(過去の記事「公知の数値範囲とオーバーラップしても新規性が認められることがあります」をご参照ください)。
Claude 3.7
回答
お問い合わせいただきありがとうございます。欧州特許法における新規性の問題についてお答えします。
クレームで特定された数値範囲(10~20wt%)と引用文献に開示された数値範囲(15~30wt%)の関係について検討します。
欧州特許法では、先行技術文献の開示内容がクレームの主題を「直接的かつ一義的に」開示している場合に新規性が否定されます。数値範囲の場合、これらの範囲が重複している場合の新規性判断には特別な考慮が必要です。
この場合、両範囲は15~20wt%の部分で重複しています。欧州特許庁(EPO)の審査ガイドラインによれば、部分的に重複する数値範囲の場合、その重複部分については新規性が否定される可能性があります。
しかし、クレームの範囲(10~20wt%)には、引用文献に開示されていない部分(10~15wt%)も含まれています。EPOの実務では、このような部分的な重複がある場合でも、クレーム範囲が引用文献の範囲と完全に一致していない限り、新規性が認められる可能性があります。
特に、クレームの下限値(10wt%)が引用文献の下限値(15wt%)より低い点が重要です。欧州の判例法では、これは「選択発明」として新規性を有する可能性があります。
結論として、欧州特許法の下では、このクレームは引用文献に対して新規性を有する可能性が高いですが、最終的な判断は特許審査官や審判部によって行われ、特定の技術分野や他の関連する判例法にも依存します。
より確実な判断のためには、当該技術分野の具体的な事情や、関連する審決例なども考慮する必要があるでしょう。
解説
Claude 3.7 による「欧州特許法の下では、このクレームは引用文献に対して新規性を有する可能性が高い」という結論は間違いです。
またClaude 3.7 は「しかし、クレームの範囲(10~20wt%)には、引用文献に開示されていない部分(10~15wt%)も含まれています。EPOの実務では、このような部分的な重複がある場合でも、クレーム範囲が引用文献の範囲と完全に一致していない限り、新規性が認められる可能性があります。特に、クレームの下限値(10wt%)が引用文献の下限値(15wt%)より低い点が重要です。欧州の判例法では、これは「選択発明」として新規性を有する可能性があります」と述べていますが、欧州特許庁の判例にこのようなことを述べているものはありません。
したがってClaude 3.7 による回答では、結論も理由付けも失当です。
Gemini 2.5 Pro
回答
欧州特許庁(EPO)の実務において、クレームされた数値範囲と引用文献に開示された数値範囲が重複する場合、新規性の判断は以下のようになります。
ご質問のケース:
クレームされた範囲:10~20 wt%
引用文献に開示された範囲:15~30 wt%
これらの範囲は、15~20 wt% の部分で重複しています。
EPOの審査基準によれば、引用文献がクレームされた範囲と一部でも重複する範囲を開示している場合、原則としてそのクレームされた主題は引用文献に対して新規性を有しません。
なぜなら、引用文献は少なくとも15 wt%、16 wt%、…、20 wt%を含む組成物を開示しており、これらの組成物はクレームされた「10~20 wt%」の範囲内に含まれるためです。クレームされた発明の一部(この場合は15~20 wt%の部分)が先行技術によって既に開示されているとみなされます。
したがって、ご提示の状況では、クレームされた10~20 wt%という主題は、15~30 wt%を開示する引用文献に対して新規性がないと判断される可能性が非常に高いです。
補足:
もしクレームされた範囲が引用文献の範囲から完全に分離されている場合(例:クレームが10~14 wt%で、引用文献が15~30 wt%)、新規性は認められます。
新規性が否定された場合でも、その範囲を選択することによる予期せぬ効果などを示すことができれば、進歩性(inventive step)が認められる可能性はあります。しかし、新規性の段階では、範囲の重複だけで否定されるのが一般的です。
解説
Gemini 2.5 Proによる「引用文献がクレームされた範囲と一部でも重複する範囲を開示している場合、原則としてそのクレームされた主題は引用文献に対して新規性を有しません」という結論は正しいです。
しかしGemini 2.5 Proはその根拠として「なぜなら、引用文献は少なくとも15 wt%、16 wt%、…、20 wt%を含む組成物を開示しており、これらの組成物はクレームされた「10~20 wt%」の範囲内に含まれるためです。クレームされた発明の一部(この場合は15~20 wt%の部分)が先行技術によって既に開示されているとみなされます」と述べていますが、この理由付けは誤りです。欧州特許庁のGold Standardによれば15~20 wt%という数値範囲が開示されているからといって16 wt%、17 wt%といった個々の中間値を開示していることにはなりません。
このGemini 2.5 Proによる理由付けは欧州特許庁ではなくドイツの考えに近いです(過去の記事「ドイツでは数値範囲の選択発明が認められないことがよくわかるドイツ最高裁の判決」をご参照ください)。
また回答には「新規性が否定された場合でも、その範囲を選択することによる予期せぬ効果などを示すことができれば、進歩性(inventive step)が認められる可能性はあります」とありますが、そもそも新規性が認められなければ進歩性の議論まで至らないことも考慮するとこれも回答としては不適切です。
ガイドライン学習済NotebookLM
回答
欧州における数値範囲で特定されたクレームの新規性判断について、ご提示の例(クレーム:10~20 wt%、引用文献:15~30 wt%)を踏まえてご説明します。
欧州特許庁(EPO)では、先行技術文献に開示された広い数値範囲に対して、クレームで特定された狭い数値範囲(サブレンジ)の新規性を判断する際に、「seriously contemplating (真剣に検討する)」という基準が適用されます1 。これは、先行技術文献の開示内容に基づいて、その技術分野の当業者が、特別な理由がなくとも、クレームされた範囲内で実施することを真剣に検討するであろうと判断されるか、という観点からの評価です1 …。
ご提示の例では、クレームの範囲(10~20 wt%)と引用文献の範囲(15~30 wt%)に重複があります(15~20 wt%)。また、クレームの範囲の一部(10~15 wt%)は引用文献の範囲と隣接しています。
ソースは、先行技術に広い範囲が開示されている場合に、その中の特定の実施例やより好ましい範囲の開示が、クレームされたサブレンジの新規性に影響を与えることを示唆しています3 。例えば、先行技術に記載された広い範囲(例:1-30 wt%)の中から、特定の実施例がクレームされたサブレンジ内にある場合(例:クレーム3.0-6.0 wt%に対して実施例4.5 wt%)、新規性はないと判断されます3 。また、特定の実施例がクレームされたサブレンジのすぐ外にある場合(例:クレーム3.0-6.0 wt%に対して実施例2.8 wt%)、当業者がクレームされた範囲内で働くことを真剣に検討するかどうかを評価する必要があるとされています2 …。
ご提示の例では、引用文献に特定の実施例が示されているかは不明ですが、少なくとも15~30 wt%という範囲が開示されています。クレームされた10~20 wt%の範囲のうち、15~20 wt%の部分は引用文献の開示範囲内に完全に含まれます。 EPOの実務では、先行技術の開示範囲内に含まれる数値範囲は、原則として新規性がないと判断される可能性が高いです。特に、単に広い範囲が開示されているだけでなく、その範囲が技術的に意味のある範囲として示されている場合、当業者はその範囲内の任意の点で実施することを検討しうると考えられるためです。
また、クレーム範囲のうち引用文献の範囲と重複しない部分(10~15 wt%)についても、引用文献の範囲の端点(15 wt%)に隣接しています。この隣接する範囲についても、当業者が引用文献の開示(15~30 wt%)からこの範囲で働くことを「真剣に検討する」と判断されるかどうかが新規性判断の鍵となります3 …。この判断は、技術分野の慣行や、引用文献の他の記載内容から、当業者が隣接する範囲を検討するような示唆があるかどうかなどに依存します。
結論として、ソースの情報に基づけば、ご提示の例において、クレームされた数値範囲(10~20 wt%)は、引用文献の開示範囲(15~30 wt%)に対して新規性がない、あるいは少なくとも新規性がない部分が含まれると判断される可能性が高いです。特に重複部分(15~20 wt%)は、引用文献に開示されていると見なされるため、新規性は認められない可能性が非常に高いと言えます。重複しないが隣接する部分(10~15 wt%)についても、当業者が真剣に検討するかどうかの実質的な評価が必要となります。
最終的な判断は、上記の基準に加えて、技術分野の具体的な事情や、引用文献の開示全体の文脈、技術的効果などが考慮されることになります。
解説
回答における「ご提示の例において、クレームされた数値範囲(10~20 wt%)は、引用文献の開示範囲(15~30 wt%)に対して新規性がない、あるいは少なくとも新規性がない部分が含まれると判断される可能性が高いです」は、結論としては微妙です。「新規性がない」だけで終われば問題なかったのですが「少なくとも新規性がない部分が含まれると判断される可能性が高いです」は蛇足です。欧州特許庁では数値範囲の新規性を評価する際にオーバーラップする部分とそうでない部分とに分けて評価するアプローチは無いからです。
また理由付けとして「EPOの実務では、先行技術の開示範囲内に含まれる数値範囲は、原則として新規性がないと判断される可能性が高いです」としていますが、これは明確に不適切です。欧州特許庁ガイドラインG-VI, 8によればクレームされた範囲が引用文献に完全に包含されてる場合は新規性があると判断されるからです。この点NotebookLMはChatGPT 4oと同様の間違いをしています。
まとめ
調査結果を以下の表にまとめます。
結論 | 理由 | |
ChatGPT 4o | × | × |
ChatGPT o3 | 〇 | 〇 |
Claude 3.7 | × | × |
Gemini 2.5 Pro | 〇 | × |
NotebookLM | △ | × |
上記の表から明らかなように調査対象のテキスト生成AIの中ではChatGPT o3が唯一結論も理由付けも妥当な回答をしました。したがって現時点ではChatGPT o3が特許実務の相談相手としては最も適していると言えます。
意外であったのがNotebookLMです。このNotebookLMは欧州特許庁のガイドラインを学習し、しかも回答においてガイドラインの適切な箇所を引用しているにもかかわらず、ガイドラインを誤って解釈し、結論も理由付けも適切ではありませんでした。欧州特許庁のガイドラインを参照するのであればもっと制度の高い回答が得られるかと思ったのですが、ChatGPT o3と比較してNotebookLMは抽象的思考が苦手のようです。