ドイツにおける査証制度

I. はじめに

2019年5月10日に可決された特許法等の法改正により、日本でも特許権侵害の立証のための新たな証拠収集手段として査証制度が導入されることが決まりました。

ドイツにもこの査証制度に対応する査察(Besichtigung)と呼ばれる特許侵害における証拠収集制度があります。この査察制度は2008年にEUエンフォースメント指令の実施手段として導入されました。今回日本で導入される査証制度はドイツの査察制度をモデルにしたと言われています。このため日本の査証制度とドイツの査察制度との間には多くの共通点があります。しかしながらドイツの査察制度は権利者にとってより有利という点で日本の査証制度とは異なります。

本稿では日本の査証制度のモデルとなったドイツの査察制度の概要について説明します。

II. 査察請求が認められるための要件

査察が認められるには以下の3つの要件を満たすことが求められます。

(1)蓋然性(ドイツ特許法140c条(1))

相手方が特許権を侵害していることの蓋然性が十分にあることが求められます。この十分な蓋然性は例えば相手方が同様の製品を外国で販売している事実や、特許の対象が新たな製品の製造方法である場合(日本特許法104条のように生産方法が推定される場合)に相手側が当該製品を販売している事実によって認められます。

(2)必要性(ドイツ特許法140c条(1))

査察には必要性が求められます。より具体的には、査察請求人に講ずることができると思われる簡単な他の証拠保全の手段がある場合には査察の必要性がないとして査察は認められません。このため査察請求人は例えばインターネット上の調査やサンプル購入などの自身が証拠保全のために講ずることができた手段の効果がなかったことを十分に立証しなければなりません。

(3)均衡性(ドイツ特許法140c条(2))

査察には均衡性が求められます。例えば、実施の頻度が低かったり、権利の有効性が著しく疑問視される場合などは均衡性がないとして査察が認められません。また査察によって長期間工場の操業が停止してしまう場合なども均衡性がないとして査察が認められません。

III. 手続

 査察は(1)本案訴訟(Hauptsacheverfahren)の係属中か(2)仮処分として請求することができます。

(1)本案訴訟係属中の手続き

査察は特許侵害の差止請求または損害賠償請求がなされている本案訴訟で請求することができます。本案訴訟における査察請求の手続きでは、裁判所は相手側の意見を聴取した上で査察請求の理由があると判断した場合に相手側に査察を受け入れるべき旨の決定を下します。そして査察の執行の後は、裁判所は、査察の結果および秘密保持の必要性等を踏まえ、鑑定報告書を査察請求人に引き渡すことの是非について決定します。

この本案訴訟係属中の査察請求は当然ながら相手側も知ることになるため、相手側に対するサプライズ効果がありません。また査察請求の存在が相手側に知られることで相手側が証拠を隠滅するリスクもあります。

(2)仮処分としての手続き(ドイツ特許法140c条(3))

一方で仮処分として査察を請求する場合は、本案訴訟の係属を必要としません。つまり日本の査証制度と異なり本案訴訟の提起前であっても査察を請求することができます。

仮処分としての査察請求の手続きでは、請求人は査察請求の理由があることだけでなく、緊急性などの仮処分の要件を満たすことも疎明しなければなりません。仮処分としての手続きでは、証拠隠滅を防止するため、相手側の意見の聴取無しでも査察請求が認められます。この場合、相手側には事前通告無しで査察の執行が認められます。

IV. 査察人

通常は裁判所により任命された鑑定人(大学教授や弁理士等、関連技術分野に特別な技能を有する人物)が査察人となります。一方、査察請求人自身が関連技術分野に特別な技能を有しかつ相手側の秘密保持の必要性が無いことが明らかな場合、査察請求人自身が査察人となることができます。つまり特許権者自身が査証人となることができない日本の査証制度と異なり、ドイツの査察制度では特許権者自身が査察人となることができます。

ただし上述した仮処分のように相手側の意見の聴取無しで査察請求が認められた場合は、秘密保持の必要性の観点から、査察は守秘義務のある鑑定人によって行われます。この守秘義務のある鑑定人は、査察請求人から依頼された鑑定人であってもよいし、裁判所が指定した鑑定人であってもよいです。また査察請求人の代理人である弁護士または弁理士も、査察請求人が同意していることそして秘密保持義務があることとを条件として査察の参加が認められます。

V. 査察の対象(ドイツ特許法140c条(1))

査察の対象となるのは、相手側の管理下にある書類および物品です。また商業的規模での権利侵害が行われていることが十分な程度に確実である場合,銀行、財務又は営業の書類の提供も査察の対象となります。

VI. 査察の強制力

裁判所に査察請求が認められたとしても、相手側が査察対象施設への立ち入りを拒む等の行為により査察の執行を妨害してくることがあります。相手側が立ち入りを拒んだ場合、査察人は裁判所による捜索令状(ドイツ民事訴訟法785a条)がなければ強制的に査察対象施設に立ち入ることができません。

また仮に裁判所による捜索令状があっても相手側が物理的に査察の執行を妨害してくることも稀ではありません。その際には警察の協力を得ることができます(ドイツ民事訴訟法785条(3))。

VII. 損害賠償(ドイツ特許法140c条(5))

侵害又はその虞がなかった場合は,相手側は査察請求人に対して査察によって生じた損害についての賠償を要求することができます。非侵害となった原因は問われません。したがって相手側が特許発明を実施していなかった場合だけでなく異議または無効訴訟によって特許が消滅したことで非侵害となった場合であっても相手側は査察によって生じた損害についての賠償を請求することができます。

VIII. おわりに

ドイツの査察制度は査察が認められるための要件においては日本の査証制度と似ています。一方で、仮処分による査察の不意打ちが認められるという点および査察請求人自身が査察人となれるという点でドイツの査察制度は日本の査証制度と比較して権利者にとって有利な制度となっています。ドイツが国際的に特許訴訟の場として選ばれるのもこの権利者にとって有利な査察制度が一因となっているのかもしれません。

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