欧州特許庁は通常、実施例に基づく補正は許されない中間一般化であるとして新規事項の追加と判断します(中間一般化ってなに?という方は過去の記事「欧州では一部の特徴のみを抽出する補正は新規事項追加と判断されることがあります」をご参照ください)。
この考えは数値範囲での補正にも当てはまります。
例えばクレームで「Aを5~20wt%を含む」という数値範囲が明記され、実施例でAを10wt%を含む組成物が開示されていた場合、クレームの数値範囲を「Aを10~20wt%を含む」というように実施例の数値を下限または上限に導入する補正は、通常許されない中間一般化と判断されます。
しかしながらこのような実施例に基づく数値範囲の補正が例外的に許されることもあります。
今回は実施例に基づく数値範囲の補正が許された欧州特許庁の審判部の審決T0876/06を紹介します。
I. 背景
出願時のクレーム
…固体ゴムに対する液体ゴムの比率は0.5:1~7:1である…接着剤。
明細書
一般的記載:
…固体ゴムに対する液体ゴムの比率は0.5:1~7:1である。
実施例:
実施例1 固体ゴムに対する液体ゴムの比率は3:2
実施例2 固体ゴムに対する液体ゴムの比率は3:2
実施例3 固体ゴムに対する液体ゴムの比率は1:1
実施例4 固体ゴムに対する液体ゴムの比率は3:2
実施例5 固体ゴムに対する液体ゴムの比率は2:1
実施例6 固体ゴムに対する液体ゴムの比率は3:2
実施例7 固体ゴムに対する液体ゴムの比率は3:2
実施例8 固体ゴムに対する液体ゴムの比率は1:1
実施例9 固体ゴムに対する液体ゴムの比率は4:1
補正後のクレーム
…固体ゴムに対する液体ゴムの比率は3:2~7:1である…接着剤。
II. 論点
実施例1、2、4、6および7に基づき個体ゴムに対する液体ゴムの比率の下限を「3:2」とする補正は許されるか?
III. 審判部の結論
実施例1、2、4、6および7に基づき個体ゴムに対する液体ゴムの比率の下限を「3:2」とする補正は許される。
IV. 決定の理由の抜粋
3.6.2 Concerning the weight ratio of liquid rubber to solid rubber it is stated that “the preferred weight ratio of solid rubber to liquid rubber is in the range from 1:0.5 to 1:7, and is varied in order to obtain the desired degree of adhesiveness and tackiness” (page 10, lines 24 to 27, emphasis by the Board).
From this passage in the specification as originally filed it can be inferred that the weight ratio of liquid rubber to solid rubber is in principle considered to be independent of the nature of the rubbers used but that what is important for the claimed invention is that the variation of their weight ratio allows the modulation of the properties of adhesiveness and tackiness.
3.6.3 The possibility of varying the ratio of liquid/solid rubber is demonstrated by the wide range covered by the worked examples, which span weight ratios of liquid to solid rubber varying from 1:1 to 4:1. Thus, in examples 3 and 8 a ratio of 1:1 is used; in examples 1, 2, 4, 6 and 7 the ratio is 3:2; in examples 5, 16 and 17 the ratio is 2:1; and in examples 9 – 15 the value is 4:1. In all the examples the same liquid rubber (LVSI-101) is combined with different solid rubbers (Kraton KD-1161N, Kraton D-1117, Kraton D-1119, Kraton D-1112, Tacky G RP6919 and Exxon Vector 4111).
As for the use of the same liquid rubber (LVSI-101) in all the examples, is it noted that there is no indication in the application that the weight ratio of liquid to solid rubber would be dependent on the kind of liquid rubber used. Rather it is emphasised that, apart from their common characteristics as liquid rubbers implying inter alia an accordingly low molecular weight and glass transition temperature, their most important characteristic is their complete compatibility with the solid rubber (cf. page 10, 2nd paragraph of the application as filed, especially page 10, lines 12 to 14). This, together with what is set out above under point 3.6.2, indicates that the ratio of liquid to solid rubber is not dependent on the choice of a particular liquid rubber.
As to the solid rubber, it was argued by the Respondent that throughout those worked examples supporting the 3:2 weight ratio of liquid to solid rubber, the same SIS triblock rubber type was always used. While this is correct for the kind of repeating units (derived from styrene and isoprene) of the Kraton rubbers used it is not correct for their specific structure, which may even vary considerably: Kraton D-1117: 17% styrene, 33% diblock content; Kraton D-1119: 22% styrene, 66% diblock; Kraton D-1112: 15% styrene, 38% diblock (cf. page 16, Table 3, Formulas E2, E4, E5 (= examples 4, 6, 7) in conjunction with page 9, lines 12 to 17 and page 17, lines 1 to 8).
3.6.4 In summary, the skilled person could have recognized in the application as originally filed that the weight ratio of liquid rubber to solid rubber was not so closely associated with the other features of the examples as to determine the effect of the invention as a whole in an unique manner and to a significant degree. Thus, in the Board’s judgment, in the present case it is permissible to use the particular value used in several examples to limit the range of the weight ratio of liquid rubber to solid rubber.
(和訳)
3.6.2 液体ゴムと固体ゴムの重量比については、「固体ゴムと液体ゴムの好ましい重量比は1:0.5から1:7の範囲であり、所望の粘着性と粘着性を得るために変化させる」(10ページ24行目から27行目)と記載されている。
出願当初の明細書のこの一節から、液体ゴムと固体ゴムの重量比は原則として、使用されるゴムの性質とは無関係であると考えられるが、クレームされた発明にとって重要なのは、それらの重量比を変化させることにより、粘着性と粘着性の特性を調節できることであることが推察される。
3.6.3 液体ゴムと固体ゴムの比率を変化させる可能性は、液体ゴムと固体ゴムの重量比が1:1から4:1まで変化する実施例がカバーする広い範囲によって実証されている。従って、実施例3および8では1:1、実施例1、2、4、6および7では3:2、実施例5、16および17では2:1、実施例9〜15では4:1である。すべての実施例において、同じ液体ゴム(LVSI-101)を異なる固体ゴム(Kraton KD-1161N、Kraton D-1117、Kraton D-1119、Kraton D-1112、Tacky G RP6919およびExxon Vector 4111)と組み合わせている。
すべての実施例で同じ液体ゴム(LVSI-101)を使用していることについては、液体ゴムと固体ゴムの重量比が使用する液状ゴムの種類に依存するという記載が本願明細書にないことに留意されたい。むしろ、特に低分子量とガラス転移温度を意味する液体ゴムとしての共通の特性とは別に、その最も重要な特性は固体ゴムとの完全な相溶性であることが強調されている(出願時の明細書の10ページ第2段落、特に10ページ第12行から第14行を参照)。このことは、3.6.2項で述べたことと合わせて、液体ゴムと固体ゴムの比率が特定の液体ゴムの選択に左右されないことを示している。
固体ゴムについては、液体ゴムと固体ゴムの重量比が3:2であることを裏付ける実施例では、常に同じタイプのSISトリブロックゴムが使用されていると被告は主張した。これは使用されたクレイトンゴムの繰り返し単位(スチレンとイソプレンから誘導された)の種類については正しいが、その具体的な構造については正しくない: クレイトンD-1117:スチレン17%、ジブロック33%、クレイトンD-1119:スチレン22%、ジブロック66%、クレイトンD-1112:スチレン15%、ジブロック38%(16ページ、表3、式E2、E4、E5(=例4、6、7)と9ページ12~17行目および17ページ1~8行目を参照)。
3.6.4 まとめると、当業者は、出願当初書面において、固体ゴムに対する液体ゴムの重量比が、全体として本発明の効果を一義的かつ有意な程度で決定するほど実施例の他の特徴と密接に関連していないことを認識することができた。したがって、審判部の判断では、本件では、いくつかの実施例で使用された特定の値を使用して、固体ゴムに対する液体ゴムの重量比の範囲を限定することは許容される。
V. 解説
審決の理由3.6.4からも明らかなように実施例に基づく数値範囲の補正が許されるのは、実施例の数値が「全体として本発明の効果を一義的かつ有意な程度で決定するほど実施例の他の特徴と密接に関連していないこと(not so closely associated with the other features of the example as to determine the effect of the invention as a whole in a unique manner and to a significant degree)」が要件となります。
より具体的には以下のような条件が整えば実施例に基づく数値範囲の補正が許され得ます。
-複数の実施例が存在し、特定の数値のみが共通しており、その複数の実施例の他の条件が異なっている場合。
-明細書で特定の数値が他の特徴の影響を受けないことが明記されている場合。
しかしながら上記のような条件が備わっていることはかなり稀なことから欧州特許庁は通常は実施例に基づく数値範囲の補正を許してくれません。また仮に審査過程でこのような補正が許されたとしても異議で新規事項の追加と判断された場合はinescapable trapに陥るリスクが非常に高いです。したがってよほど必要な場合は除いては欧州ではこのような実施例に基づく数値範囲の補正に頼らないほうが好ましいです。
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